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稲葉賀惠「yoshie inaba」 デザイナーの美学とチャレンジ精神を感じる

稲葉賀惠さんは1939年、東京生まれ。写真は本書掲載の汕頭(スワトウ)刺繡(ししゅう)のブラウス。花や葉、ペイズリーといった伝統のモチーフが細かく繰り返された図柄だ=久家靖秀さん撮影

 服飾デザイナーとして長らく第一線で活躍してきた稲葉賀惠(よしえ)さんの、ものづくりの歴史を網羅した本書を読み終えたとき、これはぜひ2人の母にも見せたいと思った。自分とパートナーの母はどちらも若いころ、パリでお針子になることを夢見て洋裁学校を卒業している。結婚や子育てを経て、別の生き方を選んだ彼女たちより少し年上の稲葉さんが、母たちの夢を体現した存在に思えたからだ。

 良い素材や高い技術を愛し、服づくりを通じて世界中の職人と心を通わせてきたのであろう稲葉さんのお話を読んでは、久家靖秀さんの撮影した美しい写真のページに戻り、その服を探すという運動を繰り返す。ちょっと面白い読書体験だった。310グラムのカシミアや40匁(もんめ)のシルクの手触りは一体どんな感じなんだろうとか、漆黒と墨黒とミッドナイトはどんな風に違って見えるんだろうと、魅力的な言葉の数々に想像をかき立てられる。

 稲葉さんは自身のブランド「ヨシエ・イナバ」を、2月でクローズするという。デパートとファッション雑誌が身近にある家庭で育ったわたしにとっては、大人のブランドとして眺めるだけだったBIGIやヨシエ・イナバ。本書でそこに貫かれたデザイナーの美学とチャレンジ精神に触れ、閉店までに一度、母を誘って一緒に店を訪れたくなった。=朝日新聞2025年2月1日掲載