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kamos(東京) 100年続く銭湯の4代目が未来のために選ぶ本は「いつか何かとひもづく」

 数年前の話だが、墨田区で部屋探しをしていたことがある。欲が出てきて「スカイツリーと隅田川花火が見える部屋が良い」などと言っていたら不動産会社に匙を投げられ、やがて東京の家賃が爆上がりしてしまい、引っ越せないまま今に至っている。

 やたら街を歩きまくったので、地理には詳しくなった。が、知人から本屋があると聞いていた曳舟のキラキラ橘商店街は、これまで訪れたことはなかった。以前、別の知人からおいしいホットケーキの店があると聞いていたので、少しだけ暑さがゆるんだタイミングで、行ってみることにした。

 押上駅からコミュニティバスに乗って向かったキラキラ橘商店街で、まずはメイプルシロップではなく黒蜜をかけるホットケーキを平らげる。余は満足、と言わんばかりに歩いていると、レトロな看板のコッペパン店が視界に入った。検索してみると、1912年に創業して一度閉店したものの、2020年に復活したとある。

 目指す本屋のkamosは、そこから1分もかからない場所にあった。

看板はないので一見するだけでは本屋とわからないけれど、「いい本あり〼」で気付くはず。

 木材を使ったレトロな外観と「いい本あり〼」の看板に引き寄せられてしまう。天井が低めの入口をくぐると、共同代表の大久保勝仁さんと柳下藍さんが、草に水をやっている最中だった。植木ではなく、床下に生えていた草に。

「この建物は以前は、魚屋だったんですよ」

 なるほど。もとは排水スペースだった部分で、草を栽培しているのか。

(左から)柳下藍さんと、共同代表の大久保勝仁さん。

国連関係機関職員から銭湯の4代目に

 大久保さんはkamosから徒歩5分ほどの場所にある、1922年創業の電気湯という銭湯の4代目だ。とはいえ10代の頃はきょうだいの通学事情で、文京区目白や港区品川など、曳舟ではない場所に住んでいたという。

「ずっとマンション暮らしだったのですが、気密性の高い部屋の、温度が変わらない感覚が嫌で。だから大学2年生の時に、曳舟に戻りました」

 大学では建築や都市開発を学んでいたものの、電車が嫌いで留年するほどだったので、就職もしたくなかった。だけど、何かをしなければ。大学院に進学し、並行して海外のスラム街にインフラを提供するNGOに参加すると、そちらの活動が主になっていった。

「インフラを整備するために、まずNGOでスラム化した土地を購入し、地元に少しずつ譲渡して地域を作っていく。そんなことをしていました。大学内にNGOの支部を作って、他の学生も巻き込みながら4年ぐらい続けていたら、ひょんなことから2017年に国連の関係機関の『国連子供・若者メジャーグループ』に所属することになりました」

 同機関は若者の声を広く集め、持続可能な社会のための国際的な枠組みに向け、政策提言をしている。大久保さんは都市開発部門のアジア統括として、世界中を飛び回る日々を送ることになった。1週間おきに違う国に向かう多忙極まりない日々のなか、会議室で話し合われていることと現場のギャップを、痛感するようになった。

中に照明があるのを見てもわかるとおり、草は勝手に生えてきたわけではない。

「長い時間をかけて社会を変えようとする国連にいると『この活動を支援します』という言葉がいつしかひとり歩きしていって、現場の現実と乖離してしまうように感じられました。自分の手でダイレクトに、現場の問題を解決していきたい。そう思ったので約2年働き、民間企業に転職しました。でもそこでも現場との乖離を見せつけられ、トータル1年半ほどで辞めて、その後はしばらくニート生活をしてました」

 鬱々とした気持ちで部屋に引きこもり、YouTubeを見ていた2019年のある日、今年で93歳になる祖母が「もう銭湯を閉める」と言い出した。自分が銭湯を継ぐとは思っていなかったが、なくなるよりはと、4代目に名乗りをあげた。

「といいつつ1年ほどだらだらやっていたのですが、ふと「銭湯ってランニングコストが非常にかかるな」と気付いたんです」

 水道代に燃料代、無料シャンプーや清掃用薬品のコストなど、ここ数年で銭湯にまつわるものは価格が爆上がりした。東京の公共銭湯は入浴料金が定められていて(現在は550円)、勝手に値上げするわけにはいかない。大久保さんも、信条的に値段をあげることは考えていなかった。

「券売機なので売り上げもごまかせないし、儲ける手段が銭湯にはないのですが、それでも自分が継いでから、売り上げがアップしたんです。ちょうど2020年のコロナ禍だったのですが、地元の人たちに助けられましたね」

明るい時間からたくさんの人が集まる電気湯。いい湯、あり〼か?

つながることで見えてきた、つながらない大切さ

 その頃、柳下さんは東京都内に居を構えていた。実家は熱海のジャズ喫茶という柳下さんは、千葉県内の大学でクロスメディアを学び、インタラクティブデザインを研究すべく、多摩美術大学の大学院に入学。相手との関係性から生まれるデザインをテーマに表現と向き合ってきた。修了後は、ものづくりとは異なる視点で体験デザインの実践に立ち会うべく、コミュニティーや場づくりの領域に足を踏み入れ、そのうちの一つだった 東武線曳舟駅近くのコミュニティスペース、ノウド曳舟の立ち上げにかかわることになった。

「いろいろな人が集まれる場所ができたと、この界隈で話題になったんです。キラキラ橘商店街がある京島地域の人は、あまり東武曳舟駅方面に足を運ばないのですが、電気湯を手伝っているという人が来てくれて。そこから付き合いが生まれて、番台に入ってみたりしました」

 実は電気湯の番台は日替わりで、スタッフも30人以上いる。柳下さんも一員に加わり、皆で星を見に行くなど、まさにインタラクティブなつながりが生まれた。そもそも銭湯自体が、誰かと並んで身体を洗ううちに会話が生まれ、顔見知りになっていく場所だ。銭湯はまさに「ともに生きるための、対話の手法」を生み出す場だと大久保さんは言う。

 昔ながらの造りはそのままに、清掃には力を入れ、時折イベントもおこなう。そんな取り組みが功を奏したわけだが、新しい人がやってくる一方で、「ピカピカに澄んだ銭湯には、同質の人たちしか集まらないのではないか」と気付いた。誰もがキレイなものやつながりを求めて生きているわけではない。キラキラすぎる「共生」の濃い影により、存在が見えなくなる人もいるのではないか。

「つながらずに共に生きるというか、普段は一緒にいられない誰かと誰かが、同じ場所でどう過ごすのか。その課題を模索する場所として、kamosを始めようと思ったんです」

書棚は入口同様、端材を組みあわせて作られている。

手にとって「ウジウジ思考する」ためのスペース

 異質な者同士の空間が、なぜ本屋だったのか。柳下さんの「銭湯が対話の作法を生む手段だとしたら、本という『モノ』も対話を生むきっかけではないか」という思いと、大久保さんの「書籍やZineはその時代の最先端を描いているから、吟味する価値が存分にある。その時はわからなくても、ずっと携えていることで何かとひもづく瞬間が生まれるのが、本だと思ったから」という考えが反映されているという。

 たとえば差別や排外思想は、誰の心にだって芽生える可能性がある。しかしそれを乗り越えていくことが、人間としての在り方につながっていくものだ。答えをすぐに探し求めるのではなく、思考し続けて最適解を見いだすためのツールとして、本は機能する。だから本屋だったと、大久保さんは語った。

「ずっと本屋をやりたいと考えていましたが、2024年夏に商店街に空き物件が出たと聞いて、今の場所と出合いました。もともと選書サービスをやろうと考えていたのですが、そのためにもじかに本を手に取れる場所があったほうがいいなと」

 25人のキュレーターによる「kamos選書」は、他者性や周縁性、包摂性など、自他の存在を俯瞰するキーワードをもとに、美学者の伊藤亜紗さんや哲学者の朱喜哲さん、『ホスト万葉集 』でおなじみ手塚マキさん のパートナー・エリイさんがメンバーのChim↑Pom from Smappa!Group など、SNSなどを通してつながった人たちが選んだ年間6冊の本を、注文者に送っている。あっ、ここでもやっぱり「つながり」が生きているようだ。

 

Zineコーナーには、電気湯が発行する「ぽつねん」も(下段右から3冊目)。

 選書がメインなので店舗在庫は約100冊と小規模ではあるものの、近代や都市と空間にまつわるもの、ちょうどフェア中だった戦争をテーマにしたものなど、エッジが利いたセレクトになっている。私も参加した11人による共著『なぜあの公園のベンチには、なぜ仕切りがあるのか? 知らぬ間に忍び寄る排除と差別の構造』(論創社)もあって、嬉しいことこの上ない。

「以前、マルジナリア書店の小林えみさん に『店の質を落とさなければ、ジャンルを広げて置いても良いのでは?』とアドバイスをいただいて、もう少し取り扱う種類を増やしたいと思っているところです。でも近くに総合書店があるので、棲み分けができたらという思いもあるんですよね」と大久保さんは笑う。

 ネズミ対策だったステンレス製の壁や外の緑色のひさしなど、魚屋だった頃の片鱗を少し残しつつも、端材を使って組み立てたという内装は、誰かの書斎のようにも見える。訪れた人が「本を手に取って、ウジウジ思考する」ために、店内は明るくし過ぎないようにしているそうで、なかなか居心地がいい。

視聴覚室にありそうな椅子は、「ウジウジスペースとして最適」と大久保さん。

 大久保さんと柳下さんとそして私は、生まれ育った場所もこれまでしてきたことも全く違う。でも気付けば、同じ空間で2時間以上話し込んでいた。そしてお二人が中心になって進めているプロジェクトにも、気付けば参加することになっていた。本を介して出会ったインタビューイーとインタビュアーとの対話は、これからどんな形に育っていくのか。楽しみだけど持続可能性を維持するために、「馬車馬のように」動くのではなく、力まずダラダラと向き合っていきたい。

大久保さんと柳下さんが選ぶ、「対話の手法を醸す」手助けになる3冊

『世界をきちんとあじわうための本』ホモ・サピエンスの道具研究会 (ELVIS PRESS)
「私たちは、毎日、毎日、何をしているのだろう?」――そんな問いかけから始まる本書は、呼吸や靴、掃除や風といった日常の営みに潜む「人間らしさ」を、人類学の視点から丁寧にすくい上げていきます。あたりまえに繰り返される行為の中にある世界とのつながりを、五感と好奇心でもう一度確かめたくなります。(柳下)

●『人類の会話のための哲学:ローティと21世紀のプラグマティズム』朱喜哲(よはく舎)
本屋を始めるきっかけになった本『NHK 100分de名著 偶然性・アイロニー・連帯』の著者である朱喜哲先生による本です。「会話を打ち切らない」ことで、この世界を共有している他者と生きていくことが可能になるのではないか、と希望を持たせてくれます。もっと言えば、「自分の言葉が、この世界を表すのに過不足ないものではない」という気づきを与えてくれる、30代の頭に読めてよかった本ベストです。(大久保)

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