永滝さんは、歴史書の老舗出版社・吉川弘文館で本の編集者としてのキャリアを積み、2003年に退職。05年に有志舎を立ち上げた。「まだ『ひとり出版社』という存在が広く知られる前のこと」と振り返る。ひとり出版社向けの出版流通の仕組みも未整備で手探りの中の出発だった。
独立の理由は、自分が出版したい歴史書を出版するため。事前に相談したのは、この日のイベントに登壇した歴史学者の大門正克・横浜国立大名誉教授(日本近現代史)だけだったという。
独立後の出版活動の方針は「ポジショナリティからリアリティやアクチュアリティへ」。学問としての先端性にばかり注目せずに、現代社会に生きる一人ひとりにとって大事な歴史学のあり方を追究し、そうした研究に資する歴史書の出版に携わることを志した。次いで、植民地研究や戦争批判の歴史学を伝える本の出版も目指した。
歴史学と一般の人々の関係に力点を置き、植民地支配や戦争を出版活動のテーマにしたのは、永滝さんの生い立ちが関係している。
永滝さんの祖父は、戦前戦中に満鉄や中華航空に勤務した技術者で、父も子ども時代に祖父の仕事とともに中国や台湾を転々とした。「父の話を聞くうちに、そもそもなぜ日本はアジア各地を侵略したのかに興味を持ち、大学で日本近代史を学びました」
有志舎のラインナップは硬派な話題書が多い。例えば、欧米や中東の極右が互いに影響し合う関係を克明に描いた佐原徹哉・明治大教授(東欧史・比較ジェノサイド研究)の「極右インターナショナリズムの時代 世界右傾化の正体」。全11巻予定の新たなシリーズ「問いつづける民衆史」を立ち上げ、その1~2冊目として愼蒼宇(シンチャンウ)法政大教授(朝鮮近現代史、日朝関係史)の「朝鮮植民地戦争 甲午農民戦争から関東大震災まで」、次いで志賀美和子・専修大教授(インド近現代史)の「闘う『不可触民』 周縁から読み直すインド独立運動」も出版した。
創立当初から明治維新史学会や「帝国と思想」研究会など、学会や研究グループとの連携に力を注いできた。日本近現代史の範囲に限らないのは、植民地支配の歴史を理解しようとすれば隣接領域や東アジア・世界へと視野を広げる必要があるためだという。
歴史書を含めた人文書にとっては逆風が続く。ただ、永滝さんが生まれ育った高円寺には本を通した街づくりの動きがあり、永滝さん自身も学術書の読書会に力を入れている。「出版文化が危機にある中で簡単な『解』はないが、学問的背景がある歴史書や歴史学について街なかで語り合い、働きながら考える場をつくっていきたい」と抱負を語った。(大内悟史)=朝日新聞2025年11月5日掲載