藤原辰史さん「食権力の現代史」インタビュー 暴力にもっと目をこらす
本書を読みながら、3年前の会話を思い出した。エッセーから対談本、学術書と書き続ける原動力は何か。そう尋ねると、笑顔で言った。
「怒りです」
総決算という本書では、歴史家として淡々と事実を書き連ねた。それでも、飢餓を武器に尊い命を奪う権力への怒りが、静かに伝わってくる。
食を絶たれると人は死に向かう。ゆっくりと、確実に。身体が壊れていく。極限の空腹では良心も失う。友人、家族同士でわずかな食べ物を奪い合う。食権力は、自らの手を直接汚すことなく、人間集団を効率よく葬ってきた。
「ナチス・ドイツやソ連、イスラエルといった暴力的な国家ほどこの食権力をうまく使ってきました」
食権力を大規模に行使したのが、ナチスだった。人種的に優れた「ドイツ人」のおなかを満たすにはどうすればいいか。高官たちは冷静に計算し、答えを出した。3千万のロシア住民を飢え死にさせ、その分の穀物を回せばいい、と。「世界史上最大の殺人計画のひとつ」が生まれる。
占領地域での配給を減らした。収容所の捕虜には十分な食事を与えなかった。激戦だったレニングラードの戦いでは、街を包囲して食糧の流れを止めた。結果、少なくとも500万人が餓死したという。
だが食権力は、独裁者だけのものでもない。第1次世界大戦中、76万以上のドイツ人が餓死した最大の原因は、イギリスの海上封鎖だった。ベトナムで枯れ葉剤をまいたアメリカの狙いは、農業の破壊だった。そしていま、私たちはパレスチナの飢餓を目撃している。
「決して過去の話ではない。食と暴力の関係性にもっと目をこらさないといけない。ガザではこれからも飢えがもたらされ続けるのです」
実は、怒りだけが執筆の原動力でもないという。文章を読んで共感してくれる人がいる。不条理を正そうと行動を起こす人がいる。励まされるし、新しい出会いが生まれることは、うれしい。
だから3年前の質問に、今ならこう答えたい。
「怒りと喜びです」(文・田島知樹 写真・楠本涼)=朝日新聞2025年11月8日掲載