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「オマルの日記」 尊厳と人間性を証す抵抗の叫び 朝日新聞書評から 

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月15日
オマルの日記 ガザの戦火の下で 著者:オマル・ハマド 出版社:海と月社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784903212890
発売⽇: 2025/09/30
サイズ: 18.8×1.3cm/208p

「オマルの日記」 [著]オマル・ハマド

 僕はガザのオマル・ハマド。青年は、世界にそう呼びかける。彼が綴(つづ)るのは、イスラエル侵攻下のガザに生きる人びとの姿だ。二〇二四年四月から翌年一月までの「X」への投稿を元にした本書には、彼の経験と感情、思考がリアルタイムで記されている。
 この間、彼は何度も移動を強いられ、止(や)むことのない爆撃と過酷な天候、飢餓と病気に苛(さいな)まれてきた。爆撃でちぎれた誰かの手が顔に張りつく感触、原形を留(とど)めない遺体の肉塊が詰まった袋の重さ、目の前で胸を撃たれた義姉の死。これらは、彼の経験した凄惨(せいさん)な出来事のほんの一部だ。
 極限状況の中で正気を失いかけながらも、彼は書き続ける。自分たちの尊厳と人間性を証(あか)し、抵抗を続けるために。
 彼は書く、海辺に響く朗誦(ろうしょう)の声、瓦礫(がれき)の中の花売り、死んだ母親を求める幼子の姿を。失われた故郷への愛と、この暴力と不正義を止められない世界への怒りを。
 彼は言う、イスラエルがあらゆる非道な手段を使ってパレスチナ人を殲滅(せんめつ)しようとしても、自分たちは絶対に屈しない。故郷と同胞のために、何度でも立ち上がると。
 大国の仲介によって停戦が成ったとしても、この虐殺をイスラエルの「自衛」と呼び、ハマスを「テロ組織」と呼び、全ての元凶を二〇二三年十月のハマスによる襲撃のみに帰す見方を世界の人々が変えない限り、同じことが繰り返される。
 いまガザで起こっている出来事を、そこに生きている人びとの経験と史実から捉え直し、占領者による名付けとは異なる名で呼ぶことを学ばなくては。本書に付された詳細な訳注は、その大きな助けになる。
 本書はオマルの命がけの証言であり、訴えであり、叫びである。この大惨事を引き起こしてきた歴史と政治、経済と軍事技術、知と文化のヘゲモニーは、私たちの日常とも地続きだ。この叫びを見過ごすことは、決してできない。
    ◇
Omar Hamad 1996年、パレスチナ・ガザ地区ベイトハヌーン生まれ。大学で薬学を修め、薬剤師の資格をもつ。薬局や医薬品会社での勤務を経て開いた化粧品店が、イスラエル軍に破壊される。