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「みどりいせき」書評 時代背負った「自分たちの物語」

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
みどりいせき 著者:大田 ステファニー 歓人 出版社:集英社 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784087718614
発売⽇: 2024/02/05
サイズ: 13.4×19.4cm/216p

「みどりいせき」 [著]大田ステファニー歓人

 類のない文体。そこへ知らない言葉が次々現れ、読んでいる間中スマホを手放せなかった。
 まず「ペニー」がわからない。ググると、小型スケートボードのブランド名だった。「ワッペ」もわからなかった。野球グローブのメーカーが出しているスクールバッグのこと。一九九五年生まれの新人作家による高校生描写は、はじめて見る世界が広がる。
 主人公の僕はある日、小学生のころに野球のバッテリーを組んでいた、一つ年下の「春」と再会する。僕だけが彼女の球を捕れた。が、久々に会うなり、あっという間に大麻がらみの闇バイトに引き込まれてしまう。
 不可抗力でバッドトリップし、すぐさま常習になるあたりから、未知の言葉はさらに降り注ぐ。ブリる、フォグる、キャパる。スラングが横溢(おういつ)しこちらも悪酔いしながら追体験していく。無論、ドラッグを是認するわけではないが、言葉による身体感覚の喚起力には驚く。ひどい体験だった。ダメ。ゼッタイ。ニュースで聞く以上に大麻や闇バイトは若者の身近に潜み、彼らを捕食する。その責任は誰にある?
 父を亡くし不登校寸前だった主人公にとって、闇バイトつながりの絆は、家でも学校でも得られなかったホームリーな居場所となる。みんなで大麻を吸って楽しくなっちゃって、溜(たま)り場のヤサ(家)で煙をもくもくさせながら「やっぱし愛だわ」とか言い出すところが妙にいい。場に漂うムードには、いつか味わった青春の手触りがある。
 青春小説であり、まごうことなき大麻小説。そして意外にも、野球小説だ。それもとびきりイノセントな。逃げ、殴られ、恐怖を味わう闇バイトは、通過儀礼めいた地獄めぐり。そこを生き延びた果てに辿(たど)り着いたラストの美しさは、筆舌に尽くしがたい。
 時代を背負った本書はある種の若者にとって、はじめて出会う「自分たちの物語」だろう。大人は黙って祝福を。
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おおた・ステファニー・かんと 1995年東京都生まれ。2023年、すばる文学賞を本作で受賞。