「人生に山があってよかった」
そんな言葉をそっと置いて、本は終わる。湿った土の匂いがし、落ち葉を踏む音が聞こえてくるような、自然に身を置く喜びが伝わってくる山のエッセー集だ。
大学卒業から15年間、「山と渓谷社」で図鑑や登山雑誌の編集を手がけた。月に一度は連泊での登山取材をしていた山のプロ。退社したのち、フリーの編集者として働きながら、本のタイトルでもある「街と山のあいだ」をテーマにした小冊子「murren(ミューレン)」の編集をしてきた。自ら取材、執筆もする。「初心者にも楽しんでもらえるよう、好きな山を好きなように」紹介している。
初めての随筆集。職業がら山に入るときは「山日記」と呼ぶ小さなスケッチブックに、歩くルートや、出来事、植物の絵などを記録する。退社してからは自由に登れるようになり「良いと思ったことを忘れないようにと、あてもなく」随筆として書きためていた。
就職して初めての本格的な登山では、足を痛めて立山連峰・剱岳に向かう山道で仲間を待つことに。その数時間のこともつづられる。心地よい風と壮大な景色のなかで、咲きたての小さな花を夢中でスケッチ。しかし、なかなか戻らない仲間を心配したり、日暮れの時間を想像して安全な時間に山小屋までたどり着けるか焦ったりと、次第に心細くなったという。
淡々とした静かな文章。読み進めると、遠い昔の忘れかけた記憶や感覚がよみがえってくるから不思議だ。「よく言われます。読者の方が心の奥で大事に思っていたことを『あっ』と取り出してきてくれることが何よりうれしい」
山のエッセーで知られる哲学者・串田孫一とも仕事を共にした。当時のしゃれた手紙のやりとりなども回想される。串田作品を意識したかどうかと尋ねると「それはない。自分ごときが何を言うとも思う」。山へ行くと「自分が地上の砂の1点でしかない」と感じるのだという。「人間は自然を超えられない。人間とは関係のない場所がある。それを知ることができて、幸運だった」
(文・真田香菜子 写真・篠田英美)=朝日新聞2017年11月12日掲載
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