人生百歳時代。そんな言葉をよく見かけるけど、やや安易に使われていませんか。誰だって長生きはしたい。しかも健康で楽しく、みんなに好かれて。
欲が深いなあ。副題に“トシをとると楽しみがふえる”とある。魅力的なフレーズだが、トシヨリなら誰でも楽しく生きられますよとは、著者の池内紀さんは語っていない。
だって人生の下り坂を生きているのが老人だ。体力も気力も衰えた身には、辛(つら)いことだらけである。でも世の中が人生百年なんて煽(あお)るから、お年寄りもその気になって、やたらと元気だけはいい。「体は老けても心は老けてない」なんて自信は錯覚ですよ、と著者は諭す。
そう、この本の内容はかなりシビアだ。コミュニティセンターで「シニア元気集団」とかいって、年寄り同士が集まってはしゃいでいるのを見ると、少しもの悲しくなると、池内さん。
老いを自覚した著者は、自分や同年代の人を観察して手帳にメモを取り始めた。群れるのをやめ、一人で自立するヒントを得るためだ。残りの人生を楽しく生きるには、こうした知恵と努力が必要なのだ。
でも、これが難しい。特に男性にはね。「退職後の夫婦旅行」なんて、妻は同性との旅行を楽しみたいんだから。著者がある公共の宿に泊まったとき、広い食堂で年配の夫婦が、ただ黙々と食べている。楽しそうなのはひと組だけ。ワケありだな。「わあ、エビが動いている」とか喜んじゃって。池内流のホロ苦い笑いに、味がある。
笑いは大事です。「オムツしてデートに出かける八十歳」という川柳を、これはいいと早速メモした池内さん。体がままならないのを悲劇と思わず、喜劇と感じれば笑いが生まれる。
人の名前は忘れるし、他人との会話には勝手に割り込み、自分だけベラベラ喋(しゃべ)る。嫌われて当たり前だ。そこを自覚して、ちょこっと自立できれば、「人生の秋」が少しは楽しくなる。そう教えてくれる本です。
毎日新聞出版・1080円=8刷5万1千部。17年8月刊行。40~90代が主な購読者層で、「予習本」として読む向きもあり、「自分も自立しなければ」という感想があるという。 亀和田武(作家)=朝日新聞2018年6月16日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- インタビュー 北澤平祐さんの絵本「ひげが ながすぎる ねこ」 他と違うこと、大変だけど受け入れた先にいいことも 坂田未希子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社