将棋や囲碁などで相次いでコンピューターがプロに勝利し、自動車運転の完全自動化も実用化が近づくなど、発展が著しい人工知能。その進歩の速さに、「いずれ人間の仕事は機械に奪われてしまうのでは?」という疑問も絵空事とは言えなくなってきた。
柞刈湯葉(いすかりゆば)の『未来職安』は、まさにそういう理由で日本人の大半が働かなくなった未来を描いた作品。人口の99%が職を持たないまま、政府支給の生活基本金で暮らす「消費者」となり、残り1%だけが「生産者」として労働する世界の物語だ。舞台となるのは、タイトルどおり、小さな職業安定所。職員ふたりと猫一匹だけのそこには、働かなくてもいいはずの社会で、わざわざ仕事を求めるだけあって、様々な事情と個性を持った依頼人たちがやってくる……。
著者は、終わらない改築工事が続く横浜駅がついに自己増殖を開始し、本州の大半が横浜駅と化してしまった『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)でデビュー。重力制御物質の乱用のせいで地球が膨張、ついには東京・大阪間の距離が五千キロを超えた世界での、理系青春SF『重力アルケミック』(星海社FICTIONS)など斬新な世界設定に定評がある。既存作と比べれば、だいぶ現実的な世界観の本書でも、その才能は存分に発揮されている。
機械に代替できない仕事として本書に出てくる職は、たとえば、自動運転の車が事故を起こした際に責任をとって仕事をやめる仕事とか、料理経験不問の和食レストランの日本人店員など、一見、首をかしげるようなものばかり。ところがそこには、人間社会と技術への考察による裏付けがちゃんとある。なるほど、と納得させられるとともに、次はどんな仕事が出てくるのかが楽しみになってくる。
ユーモアあふれる語り口に、未来への奥深い洞察をさりげなく忍ばせて、もしかしたら本当にやってくるかもしれない明日を描いた連作SF短編集。早く人間が働かなくてもいい社会がくればいいのに、と願う方も、あるいは逆に自分の仕事がAIに奪われるのでは、と不安に思う方も、ぜひ本書を手に、ひと足先の未来をのぞいてみてほしい。=朝日新聞2018年7月28日掲載
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