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#4 運命的に出会った自家製プリン 長野・松本

 旅に出ると、お気に入りのおやつに出会う。昨年12月に長野県松本市の「おきな堂」という洋食屋で友人と食べた自家製プリンもその一つだ。

 黒々としたカラメルがたっぷりかかったプリンに、生クリーム少々、フルーツのコンポートが添えてある。なめらかな口どけで、甘すぎない。しっかりとカラメルの苦味があって、いくつでも食べられる。生クリームも、コンポートも、本当にベストな甘みと酸味を演出してくれていて、無類のプリン好きの私も納得の一品だった。

 店の雰囲気が良かった。

 「昼食はなんか洋食が食べたいね」という話から街をぶらぶらしてみたものの、結局、ネットの検索で一番最初に名前が挙がったというので、おきな堂に出会った。実際に行ってみると、レトロな店構えで、自ら「時代遅れの洋食屋」と呼んでいるようなお店だった。何でも、樹齢200年の木を通し柱とする木造3階建ての店舗は、昭和8年の創業時のままらしい。

 1階は平日にもかかわらず満席で、私たちは2階に通された。向かいにある四柱神社が良く見える角部屋の席で、中年の夫婦と相席だった。内装はクラシカルで、一つ一つの家具が物語を持っていそうな、落ち着きのある空間だった。

 もちろん、昼食の“ボルガライス”なるもの(ハヤシソースがかかったオムライスとチキンカツが乗った洋食の王様みたいな食べ物)もボリューミーでとても美味しかったのだけれど、あのプリンの方が記憶に残る一品である。

 こんな感じで、ふと旅で出会うおやつはいつも以上においしいと思う。旅館の茶菓子や、街の露店で売っているスナックにもついつい手を出してしまう。運命的に旅先で出会った美味しいスイーツには「もうここでしか食べられないのではないか」という恐怖感に似た思いで、何度も何度も買い求めてしまう。

 リスボンで食べたエッグタルトもモロッコのシャウエンで飲んだアボカドジュースも、新潟市のB級グルメでモチモチの蒸しパン「ぽっぽ焼き」も、それからエルサレムで食べた、細麺状の生地でチーズとナッツ類を挟んだケーキのような「クナーファ」も、私にとって忘れられない味になった。

 「作家のおやつ」という本は、タイトルの通り、作家たちのお気に入りのおやつを紹介した本だ。富山県美術館のミュージアムショップで、表題も面白かったし、表紙のパンケーキの写真がおいしそうなので、一目惚れして購入した。

 例えば、手塚治虫にはこんなエピソードがあるらしい。

アニメ制作で虫プロ全盛期の練馬富士見台時代には、チョコがないと僕は描けません! と駄々をこね、仕方なく編集者は深夜に近所のお菓子屋を叩き起こすこともあった。
仕事に追われ、家族と過ごすことがあまりなかったが、正月には必ず家族を連れて浅草寺に詣で、釜めしを食べ、帰りには決まってアンヂェラスへ寄った。そして大好きなケーキを注文した。

 そして、川端康成のエピソードはこちら。

昭和8年、千葉上総興津に滞在中留守宅に送った手紙には、「お菓子がまづくて困ります。菊月が恋しくなります」とある。この菊月とは、台東区谷中の喜久月のこと。上野桜木に住んだ頃、来客用に夫人はいつもここの生菓子を誂えた。川端は、来客の折りにいくつも食べたせいで急性糖尿病になったぐらい甘いものに目がなかった。

 こんな感じで名だたる作家たちの「甘い」話が紹介されている。読んでいると、文字を書く人はとにかく甘党の人が多いし、甘いものがないといい作品は生まれなかったのかもしれないとさえ思う。

 とりあえず、私もいつか「作家」を名乗る日が来るかもしれないから、甘いものに関する原稿はいつでも出せるように準備しておこうっと。そして「おきな堂」のプリンについてじっくり書き連ねようっと。