父は在日コリアンの六男四女の末っ子。母は日本人。父方の一族の話が「面白い」と自覚したのは高校生の頃だ。
家庭科の授業で、旧正月に食べる韓国版の雑煮や祭祀(チェサ)の話をしたら級友に「うけた」。「面白がってもらえるんだな」と印象に残った。
同じ頃、伯父の一人が亡くなった。「話を聞いておかないといけなかったな」。そう感じたのは、母方の祖母の口癖を覚えていたからだ。「普通の人の話をちゃんと記録しておかないと。それが歴史だから」。母方の祖母は、日常の伝統的な食生活の記録に取り組んでいた。
父方の一族の故郷は東シナ海に浮かぶ済州島(チェジュド)(韓国)。身の上話は「一族の集まりで時折耳にしていたけれど断片的なものだった」。改めて生活史の調査として聞き始めると、在日コリアンの1世や2世が歩んだ道のりが浮かび上がってきた。
本に登場する伯父や伯母は主に4人。なぜいつ、どのように大阪へ渡ったのか――。「一回帰ってまた来たん? なんで?」。素朴な疑問を投げかけ、返ってくる答えに驚きながら、丁寧に東アジアの現代史と照らし合わせた。
一家の「移動」には、日本の植民地支配や戦後の混乱が関係していた。済州島と大阪を勝手に行き来すれば今なら「密航」だが、戦前戦中は帝国内の出稼ぎ。定期航路もあった。戦後、済州島では島民の武装蜂起と政府による弾圧があり、朝鮮戦争も起きた。
調査では「語られたことをどう理解すればいいか分からない。そうした壁に何度もぶつかった」。ある伯母は夜間中学に通うまで日本の字が読めず、「どんだけつらいか、そのつらいの(字が読める大多数の人は)わからへん」と話してくれた。「伯父や伯母がこの本を書かせてくれた」と振り返る。執筆までの過程も記した。
大学を卒業する前から取り組んできた「宿題」を果たしたことになる。「これでようやく平静に研究ができる」。そう言うと、ぐっと真剣な表情になった。大学で講師をしながら、今後は、第2次大戦後の各国の出入国管理政策を掘り下げるつもりだ。(文・大内悟史 写真・滝沢美穂子)=朝日新聞2018年10月27日掲載
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