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#13 20年前の思い出をたどって イタリア・カプリ島

イタリア・カプリ島をおよそ20年前に訪れた。右は小学生の時の筆者で、左は2017年の筆者。

 幼少の頃、父親の仕事の関係でロシア(当時は旧ソ連)に住んでいたことがある。それで、物心つく前から家族に連れられてヨーロッパ諸国を色々と旅していたらしい。しかし、綺麗な景色のど真ん中に自分が写っている写真を見ても、「アムステルダムでは〜。ウィーンでは〜」と親から散々旅の思い出を聞かされても、残念ながら、微かにしか覚えていない。むしろ、その微かな記憶は、親の話を元に形作られた記憶のような気がしている。悲しいかな、はっきりと記憶があるのは日本に戻ってからなのだ。つまり、小学生の時に家族で訪れた、イタリアにあるカプリ島という小さな島の旅が、私にとってほとんど人生で最初の、鮮明な、旅の記憶である。

 カプリ島はナポリの南30キロにあり、「青の洞窟」で有名な島だ。滞在したホテルのウエイターがひょうきんな人で身振り手振りで笑わせてくれたこと、細い路地にひっそりとある香水屋さんで甘酸っぱいレモンの香りの香水をつけてもらってちょっぴり「大人」になったと感じたこと、透き通るように青い海を眺めたこと。そんな旅の記憶の欠片は、私の中に息づく、大切なひと夏の思い出だった。

イタリアのカプリ島はレモンが名産。島のあちこちにレモンの木があって、太陽の光をたっぷり浴びていた。
イタリアのカプリ島はレモンが名産。島のあちこちにレモンの木があって、太陽の光をたっぷり浴びていた。

 そういうこともあって、新聞社を辞めて世界一周をしようと決めた時、もう一度カプリ島を訪れたいと思った。およそ20年ぶりの再訪になる。あのキラキラした私の思い出を改めて呼び起こしたいと思ったのだ。せっかくなので、実家にあった家族写真を引っ張り出してきて、写真に写る20年前と同じ場所を探すことにした。ちょうどSNSで昔の写真と同じ構図で写真を撮って、今と昔を比べる「#then and now」という遊びが流行っていたことがヒントになった。

 写真を見せながら、似たようなスポットがないか街ゆく人に尋ねたり、島の中心部の路地を歩き回ったり。すると、1枚の写真に写る場所が、島の西側であるアナカプリ地区にある「ヴィラ・サン・ミケーレ」という邸宅だという情報を得た。スウェーデン人医師が建てた邸宅で、工芸品のコレクションが飾られているスポットだという。名前を聞いても身に覚えはなかったが、とりあえず現地に行った。

イタリアのカプリ島にある、ヴィラ・サン・ミケーレから見た景色
イタリアのカプリ島にある、ヴィラ・サン・ミケーレから見た景色

 崖沿いにあるヴィラ・サン・ミケーレ。本当にここなのか、確証はなく、半信半疑だったが、その庭に入ってすぐ、写真と同じ景色が目の前に広がっていた。鳥肌がたった。銅像は少し変色していたし、蔦は成長していたけれど、20年前に見たあの景色が、今、ここにあった。そして、子どもの頃と同じポーズをして写真におさめた。恥ずかしさもあったが、この場所に奇跡的に帰ってこれたことを残しておきたかった。帰り際、受付の女性にヴィラ・サン・ミケーレを20年ぶりに訪れたことを告げると、「来てくれて嬉しいわ。素敵な場所でしょ?またいつか来てね」と話してくれた。

 その後も、丸1日をかけて島を歩き回った。結果、何枚かのスナップ写真と同じ光景を偶然見つけることはできたが、滞在していたホテルは冬季休業中でウエイターさんの行方は分からなかったし、記憶にあった香水屋はもうなくなって陶器を扱う土産物屋になっていた。それでも、私は不思議と満たされていた。

上は小学生の時の筆者で、下は2017年の筆者。子どもながら、なかなかのポージングである。
上は小学生の時の筆者で、下は2017年の筆者。子どもながら、なかなかのポージングである。

 そんなカプリの旅で、私は西加奈子の小説『サラバ!』を思い出した。主人公の圷歩(あくつ・あゆむ)が、生まれた時から37歳までの人生を振り返る壮大な物語で、第152回直木賞を受賞している作品だ。歩は、父の海外赴任先であるイランで生まれ、その後、エジプトへと引っ越す。そして日本人学校に通うことになった歩は、ヤコブというエジプト人の少年に出会う。

僕らにはきっと、僕らにしか分からない言葉があった。アラビア語でもない、日本語でもない、ましてや英語でもない、僕とヤコブにしか分からない言葉があったのだった。今でも覚えている、別れの言葉がある。「サラバ。」僕たちが別れるのは、いつも僕のフラットの前だった。僕たちは手を上げ、「サラバ!」と叫んだ。(上巻265-266ページ)

 両親の離婚、帰国、阪神淡路大震災…。本当にいろいろなことが起きて、大人になった歩は再びエジプトを訪れる。その時の描写が、まるで他人事には思えなかった。

初めは、においだった。鼻に刺さって来るにおい。尖っているのにいつまでも続く、刺激的なのにぬるい、あのにおい。僕はそのにおいで、一気に過去に戻された。(下巻223ページ)
あの頃のように、バンは停まっていなかった。おじさんはシーツを運んでいなかったし、ヤコブはそれを手伝っていなかった。でもその場所は、間違いなくそこにあった。(下巻231ページ)

 ふと「帰りたくなる」旅先があることは幸せなことだと思う。異国の街の空気を、自分の肌が覚えているということはとても面白いと思うし、その感覚が私は好きだ。数年後、もしかしたら数十年後になるかもしれないけれど、私はまたカプリ島を訪れたい。