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戒名から解く過去と今 高殿円「戒名探偵 卒塔婆くん」

 仏教には興味も知識もまったくない。だというのに住職代理で元ヤンキーの兄は、ことあるごとに寺で起こった厄介事を春馬に押しつけてくる。たとえば土中から出土した古い墓石の身元を突き当てろ、なんて無茶ぶりだ。そんな時に彼が頼るのが同級生の外場薫。黒縁眼鏡に学ラン姿、底知れぬ仏教知識を蓄え、あらゆる戒名を解読する、人呼んで、戒名探偵・卒塔婆くんである。

 ファンタジーに歴史小説、お仕事小説、さらにマンガ原作など、幅広い作風で知られる高殿円(たかどのまどか)。その特徴のひとつは、なんと言っても題材のユニークさだろう。ドラマ化もされた『トッカン 特別国税徴収官』(早川書房)の主人公は税務署の新人徴収官。ほかにも、ポストドクターに百貨店の外商部と、テーマの選択にはいつも驚かされる。そんな著者の新刊が、『戒名探偵 卒塔婆くん』。タイトルどおり仏教……それも戒名が主題のミステリーだ。

 「僕に解読できない戒名などこの世に存在しない」が決めゼリフの名探偵なんてどんな色モノかと思うが、春馬をワトソン役にして、墓石の記述のみを手がかりに、江戸時代に生きた女性を特定。見事な安楽椅子探偵ぶりを披露する。連作短編形式で進む物語の中、外場の口からは日本仏教にまつわる様々な雑学が次々に披露される。戒名から過去を解き明かすだけでなく、現代日本の宗教法人の税と経営なんて話が飛び出すあたりも著者ならでは。

 それだけでもテンポよく楽しませてくれるのだが、トリの四話に至ると、外場は今度は戒名を付ける側にまわる。一代で財を成した実業家の親族たちによる相続争い、なんて横溝正史のような展開を迎え、しかもそれが、戒名付けを通じ、太平洋戦争の犠牲者の鎮魂というテーマが立ち現れるのだから、最初の印象をいい意味で裏切ってくれる。

 読者の多くにとっても、戒名というのは、身近に見かけることはあっても、その意味も価値もよくわからないものではないだろうか。ぜひ、本書をきっかけに、人の生と死を刻んだ奥深き戒名の世界に入門して頂きたい。=朝日新聞2018年12月29日掲載