久しぶりに少し、落ち込んでいる。お気に入りのピアスを片方、落としてしまったからだ。
これが一人で行動している昼間なら、諦めがつくまで探しに戻るが、生憎(あいにく)、紛失に気付いたのは夜。それも編集者の方々に丸一日取材にご同行いただいた末、お疲れさまと入った店であった。
ようやく一息ついてらっしゃる編集者さんたちに、気を使わせられはしない。動揺を押し殺してさりげなく周りを見回し、やっぱりない、と片耳に触れるのが精いっぱい。朝からほうぼう歩き回った後のため、探しに行くのはどう考えても不可能で、そのまますごすごと家に引き上げた。
親しいお店で作っていただいたピアスなので、片方だけ発注するのは難しくない。それにもかかわらず自分でも珍しいほど落ち込んだのは、それが三、四年ぶりの落とし物だったからだ。
ピアスホールを開けて間がない二十代の頃は、着用に慣れていなかったため、二、三か月に一度は必ずピアスを落とした。三十代からは徐々にそれが間遠になり、この数年はとんと失敗をしていない。
最初から自分の迂闊(うかつ)さを承知していれば、何を落とそうともがっかりはしない。もはやそんなことはあるまいと高を括(くく)っていただけに、傲慢(ごうまん)な自分がなおさら情けなくなる。顧みれば逆上がりも九九も苦手だった子供の頃は、「できないこと」をたくさん抱えているのが当然で、どんなミスをしても平気だった。大人になればなるほど、失敗が怖く、人の眼が気になってきたのは、知らず知らずのうちに自分が「できる」人間と考えるに至ったからかもしれない。
だがそもそも、年を重ねたから失敗をしないというのは、幻想だ。ピアスだって、最近たまたま落とさない日々が続いていただけで、明日からは毎日紛失を重ねるかもしれない。いや、自分のうっかり工合(ぐあい)を考えれば、むしろその方が自然だと自分に言い聞かせながら、私はまだピアスの消えた片耳を撫(な)で続けている。=朝日新聞2019年3月25日掲載
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