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藤巻亮太の旅是好日 月に始まりトマトに終わる、2012年アイスランドの旅

文・写真:藤巻亮太

 アイスランドはヨーロッパ大陸と北アメリカ大陸との中央に位置する大西洋の小さな島国。その場所はプレートの裂け目であり、地中から絶えず溶岩が吹き出していて、活発な火山活動によってできた国だ。

 僕は「月食」という曲のPV撮影のためにアイスランドに行った。なぜならこの国の地質は、NASAの月面着陸のトレーニング基地が置かれていたほど、地上で最も月に近い場所だと言われているからだ。しかし飛行機から眺めると、火山の国というより氷河の国という印象。それもそのはず、北極圏に近い高緯度のために島には様々の氷河が見られる。それゆえにアイスランドは「火と氷の国」と呼ばれているらしい。

 僕が行った時期の特徴は白夜である。実際に滞在してみると見事に夜が訪れない。太陽が西の空に沈んだかと思うと地平線の下にちょこっと隠れるくらいで、そこを這うようにして数時間後には東の空から昇ってくる。つまり夕日からそのまま朝日になるのだ。よって、あの美しいマジックアワーが4〜5時間も続くのだ。

 アイスランドの旅は首都のレイキャビックから始まる。そこから僕らはアークレイリという街へセスナ機で飛んだ。高い空の下、ハイウェイはどこまでも続く。ヨーロッパらしい、林とか森とか畑とかそういう光景は見当たらない。ひたすらに閑散とした荒野が広がっている。 アークレイリは島の北側の港町で、ホエールウォッチングが有名らしい。しかし今回の旅は「弾丸」だったのでゆっくりと滞在する訳にはいかず、すぐさま車に乗り込んで、まずはデティフォスの滝を目指した。

 この滝は高低差は45mほどなのだが幅が100mもあり、凄まじい量の水が流れ落ちている。そして何より驚いたのは観光地のような遊歩道が整備されている訳ではないので、滝の際まで歩いていけるのだ。ここから滝を眺めてみた。氷河から流れ出し大地を削ってきた濁流が圧倒的な水量で滝壺へ流れ落ちてゆく。そのパワーに全身がすくんでしまう。

 そこからさらに車で走ると、もうそこは別の惑星かと見まごうほどの光景だった。あたり一面、固まって何年も経っていないような黒光りの溶岩がうねり、それが隆起したり風化したり大小様々な山や丘を作り出している。確かに大気さえなければここは月面だと想像することができるくらいに、神秘的な土地だった。どこかスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」を思わせるような世界観を感じた。

 やがてマジックアワーが静かに訪れて黒い大地を優しい光で染めていった。地球上にはこんなに柔らかい光があるのかと思うくらい暖かい光だった。その瞬間から、時間の感覚が分からなくなるような錯覚があった。時計が右回りなんだか左回りなんだか、秒も分も時も消えていくような、あるいは同じ間隔で刻んでいるような不思議な感覚が白夜にはあった。この場所に来て初めてBjorkの音楽がわかったような気がした。

 流石にこんな荒涼とした大地にもポツリとホステルがある。そこに宿泊をした時のこと、夕食でレタスとトマトだけのシンプルなサラダが出てきたのだが、僕が今まで食べたトマトの中で一番美味しいトマトだった。土地が非常に痩せているせいなのか、その厳しい環境の中で、なんとかして養分を吸い上げ、実の中に封じ込め育ったその味の濃密さは今でも忘れない。

 そしてそれはきっと、人間も同じなのだろう。大変な環境でも一生懸命育つ事が出来たならば、その果実の中には、それに見合ったある種の魅力が宿るのかもしれない。あのトマトを思い出すと、なんだか少しだけ自分も頑張ろうと思える。月に始まりトマトに終わる、不思議な旅だった。