朝井リョウの新作小説は、それぞれ人物名が章題となっている。一世を風靡(ふうび)したデビュー作『桐島、部活やめるってよ』と同じだ。『桐島―』では一人称独白体の話者が変遷していったが、本作では、内心にある言葉が記される「視点人物」が変化してゆく。そうして時間と場所が動く。だが各章題名に示されず、しかも全章に何らかのかたちで現れる人物「堀北雄介」が全体の中心だろう。彼が伝聞の域にあったり、遠くに見えたり、さらには現れそうで現れなかったりするときに、異様な緊迫感と悲哀を生じるのだ。
最初の「現在」を捉える第1章で、生命維持装置につながれ植物状態でいる親友「南水智也」を絶えず見舞う心厚い好漢として雄介は登場する。しかし最終章、智也の恋人から、「智也の体を使って、次の生きがいを作り出した」と見抜かれる。それまでの章でも生きがいを恣意(しい)的に見出(みいだ)して何かに敵対し、他人に承認してもらおうとするさもしい姿が散々描かれる。読者の多くは、そこに自分の姿を見て、痛みを感じるはずだ。
話法は緻密(ちみつ)。各章はいわば「寸止め」で終わるが、以前の章の主人公がのちに脇に現れてくる蓋然(がいぜん)性(ありえる感じ)がとてもリアルだ。分散消失した細部が蘇(よみがえ)るこの運動は実人生と似て、感銘を与える。
聴覚だけの存在に押し込められた最終章の智也の思考により、それまでの伏線がことごとく回収される。性格の対立がありながら互いに親密にみえる雄介―智也の関係には、人類の衝突はすべて出自の違う「海族―山族」の対立によるという独特の稗史(はいし)が仕込まれている。朝井はそれを、運命的な敵対者とどう対峙(たいじ)するかという問題へと倫理的に接続してゆく。
この「海族―山族」の対立構造は同じ版元から継続的に出る「螺旋(らせん)プロジェクト」シリーズの小説にも共有される。本書を含め、伊坂幸太郎、薬丸岳ら8組の作家による競作ラインナップが巻末に紹介されている。
◇
中央公論新社・1728円=5刷4万2千部。3月刊行。若者のリアルな姿を描いてきた「平成生まれ初の直木賞作家」が「平成」を描く小説。読者は若年層から中高年層まで幅広い。=朝日新聞2019年6月1日掲載
編集部一押し!
- 新書速報 金融史の視点から社会構造も炙り出す「三井大坂両替店」 田中大喜の新書速報 田中大喜
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 彩坂美月さん「double~彼岸荘の殺人~」インタビュー 幽霊屋敷ホラーの新機軸に挑む 朝宮運河
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社