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藤巻亮太の旅是好日 新しいことにチャレンジする怖さと向き合って突き進んだ全国ツアー

文・写真:藤巻亮太

 僕はいま全国を駆け巡る「弾き語りライブツアー」のファイナルを、故郷の山梨で終えた直後の温度感でこの原稿を書いている。この旅路で歌った曲目は60曲以上で、会場ごとに可能なかぎりセットリストを変え、語ることもバリエーションに富ませたつもりだ。

 今回のツアーで、僕はバンド時代とソロの現在と垣根を設けずに、これまでつくってきた曲を掘り起こして、一曲一曲がもつその背景を話し、その想いを語り続けて来た。会場を巡るごとに確信を強めていったことは、過去につくった曲でも、今の人に聞いてもらうことで、新たな命を吹き込まれるということだった。人の感性は時期や環境でそれぞれ変わりゆくかもしれないが、どの会場でも曲とその人の心が交わる刹那があって、その刹那に過去にあった音楽が回帰してくるのを感じたのだ。僕はこれまでにどのくらいのツアーの本数をこなしたのか覚えてないが、バンド時代にこなしたツアーとは、良い意味で根本的に変わってきていると思っている。もちろん、まだまだ歌やギター、語りも、自らを省みなければならない部分もたくさんあるとは思っている。

 ツアーには移動がつきもので、飛行機、新幹線、車、それぞれの手段で目的地に向かうが、その移動時間の使い方も変わってきている。スタッフと歓談する時間は今も昔も変わりはないけど、ときにお酒を飲みつつだが、本を読みながら過ごす時間が前よりも増えてきた。僕が今回のツアーでリュックに入れていた何冊かのうちの一冊はマルクス・アウレーリウスの『自省録』だった。友人からすすめられて読み始めたこの本は、僕にとってツアー中の大切な一冊となった。マルクス・アウレーリウスはローマの五賢帝の一人で、彼が書き残した記録が本にまとめられている。ただ、この本自体は、誰に伝えるわけでもなく、ひたすら自分を問い、そして律するためにかいた自省録なので、必ずしも読みやすいわけでもないのだ。

 圧倒的なすごい力をもった人が自らを省みた言葉であり、だからこそ、そこには、僕がわからないようなことも多くあった。しかし、ある言葉はいまの僕には深く刺さってきたのだ。おそらくこの本には、読む人がそれぞれ、自分が生きているテーマにぴったりの言葉があるのだと思う。そして、10代、20代、30代・・・・・・何歳でも読む世代によってもきっと響いてくる言葉もちがうだろう。アウレーリウスは、圧倒的な権力を有し、同時に圧倒的な責任を有し、きっと自分で、すべて決断しなければならない立場にあった。ただ、そんな彼でさえも、人の意見にたいして、謙虚に受けいれ、自分を省み、変えていくことを恐れなかった。僕はツアー中だからこそだろうが、彼のそんな態度と言葉から勇気をもらったのだ。

 一つお気に入りの言葉を引用しておきたい。

次のことを記憶せよ。自分の意見を変え、自分の誤りを是正してくれる人に従うこともまた一つの自由行動である。なぜならば君の衝動と判断と、しかり君の叡智に従って遂行される行動は君自身のものなのであるから。
『自省録』(岩波文庫版147ページ)より

 今回、ツアーをむかえるにあたってテーマにしていたのは、自分の小さな世界にとどまったら、成長はないということだ。小さい大きいとか自体は主観的なものにすぎないかもしれない。ただ、音楽の世界に生きて、キャリアといわれるものが出てくると、どうしても自分が得意だと思い込んでいること、自分の自信のあること、まずは、そこからツアーの構成を組んでいこうとする。だけど、今回のツアーに際して自ら省みて問うたのは、本当にそれが得意なことなのだろうか? 得意だと思っているのは、自分の思い込みに過ぎないのではないか? その外に、あらたに発見できる得意なことはあるのかもしれない。そのためには、自分自身がチャレンジをしなければいけないということだった。

 だが、一人だけでは、何にチャレンジしなければならないのか、どのベクトルに進めばそれができるのか、ときにわからなくもなる。だからこそ、チャレンジは難しく腰が重くなる。過去の積み重ねの成功体験にすがって、まずは焼きまわしの範囲のなかで、自分なりの合格点をめざすことの衝動と引力がなんども強くのしかかってくるのだ。それを感じていたからこそ、今回のツアーでは思い切って、自分のことを真摯かつ真剣にみてくれているひと、支えてくれる人の意見をしっかりときいて、議論して、熟慮し、決断して、実行していくことにした。

 それは最初、これまでの自分の経験値からは違和感があった。ただ、それも問うていけば、所詮は自己保身と防衛本能なのだろう。本能的に新しいことをすることは怖いことでもあるのだ。だが、その怖さと向き合って最後まで突き進んだ。もちろん反省点は多々ある。だが、全国ツアーをささやかな誇りと大きな感謝とともに終えることはできた。そして、僕はいま一人ハイボールをおいしく飲みながら、この原稿を書いていることだけは事実なのだ。やや酔いどれながら、そして、周囲に感謝をしつつ、今宵はここで筆をおくことにしたい。