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著者の「いい顔」に直感 中央公論新社・並木光晴さん

 みなさん本当にいい顔をしているんですよ、と楠木新(あらた)さんから何度聞いただろうか。楠木さんが『定年後』のための取材を進めていた頃のことだ。そう言うときの本人がまた、実にいい顔なのだった。生命保険会社で人事や営業を担当し、定年まで勤め上げた元ビジネスマンである。

 楠木さんの「いい顔」なしに、『定年後』という本はあり得なかった。まだ面識がなかった頃、ある新聞記事に載った楠木さんの笑顔の写真を一目見て、ああこの人となら面白い仕事ができそうだと思ったのだ。編集者としての直感としか言いようがない。それは幸い的中し、まず『左遷論』、そして『定年後』でタッグを組むことになる。

 毎日が楽しく、いきいきとしている。それが伝わってくる「いい顔」のシニアは、探せば少なくないのだと楠木さんは言う。人生は後半戦が勝負、終わりよければすべてよし――ますますの長寿社会を迎えようとしているなか、そんなメッセージを込めて世に送り出した『定年後』は、予想を超えて多くの読者に迎えられることになった。

 私の手がけてきた新書は歴史関係が多い。しかも主として第一人者による概説書だ。楠木さんとの仕事には、未開拓の分野に挑戦したいという思いもあった。ともに手探りで本づくりを進めた『定年後』は、望外のヒット作という結果も相まって、編集者という仕事の醍醐(だいご)味を味わう得難い経験となった。=朝日新聞2019年7月10日掲載