「古典百名山」で平田オリザさんが取り上げた尾崎紅葉『金色夜叉』を再読したら、記憶にあるより数倍面白かった。熱海の砂浜での悪名高き「足蹴」に至る前、うだうだ恨み言を並べる貫一と、煮え切らないお宮の会話は絶妙だ。
その怪作を橋本治さんが翻案したのが『黄金夜界』。古典の現代語訳の名手にかかると、宮は美也に、カルタ大会はIT社長のカウントダウンパーティーに……。
平成の貫一は、明治の貫一のように独りよがりで大仰な演説をぶつことはない。熱海の例の銅像前で「怒ってすむなら簡単だよな」と思い、泣く。そしてスマホを海に投げる。貫一は今も昔も「金」に縛られ翻弄(ほんろう)されるが、橋本さんはそれを現代の職探しの困難さから描いた。立ち上がろうともがく貫一は、身近に感じられた。
2作とも新聞連載。『金色夜叉』は、続・続続・新続まであり紅葉の死で未完に終わった。平成の主人公二人は鮮やかにすれ違って終わり、橋本さんは半年後の今年1月、逝去した。「新続」まで読みたかった。(滝沢文那)=朝日新聞2019年8月3日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 黒木あるじさん「春のたましい」インタビュー 祀られなくなった神は“ぐれる”かもしれない 朝宮運河
-
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 諷刺の名手・柚木麻子が「あいにくあんたのためじゃない」で問うたもの(第13回) 杉江松恋
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社