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文月悠光さんが小学生のとき夢中で読んだ水沢めぐみ『姫ちゃんのリボン』 自分を貫くヒロインが輝いていた

 金髪のショートカットに赤いリボン、肩にライオンもどきのぬいぐるみ……という組み合わせに、あなたは何を思い浮かべるだろうか。私なら思わず笑顔で「姫ちゃん!」と呼びかけてしまう。

 小学校3年生の頃、8歳上の兄がなぜか少女マンガの単行本を「あげる」と唐突にくれるようになった。今思えば、兄の読み終わったマンガが私に回ってきたのだろう。渡された日に夢中で読み終え、「続きは?」としつこくねだったものだ。
 1巻だけ回ってくる作品もあれば、続きの巻が少しずつ回ってきて全巻揃う作品もあり、水沢めぐみ先生の『姫ちゃんのリボン』は後者のパターンだった。風邪で熱を出すなどすると、一気に数巻が揃ったこともあり、そのペース配分も兄の作戦(?)だったのかもしれない。
 『姫ちゃんのリボン』(私は世代が合わず、未見だが)アニメ版のオープニング・エンディングテーマを、デビューしたてのSMAPが歌っていたと聞けば、思い出す方も多いだろうか。改めて、原作のマンガのあらすじを紹介したい。

 主人公の姫ちゃんこと〈姫子〉は中学一年生。おてんばで「男の子みたい」と言われるようなボーイッシュな女の子。どんなときも明るく前向きな姫ちゃんの習慣は「いけいけゴーゴー!じゃーんぷっ!」と自分を励ますこと。
 そんな彼女の前に、ある夜、魔法の国の王女が現れ、「私の修行に協力してほしい」と〈魔法のリボン〉を授けられる。リボンを付けて鏡の前で呪文を唱えれば、どんな人にも変身できる(ただし1時間限定)。このリボンと、思い付きで行動してしまう〈姫ちゃん〉の性格が、思わぬ大波乱を巻き起こしていく。
 この変身の秘密を知っているのは一人だけ、同級生の男子〈小林大地〉。この大地くんがとにかくかっこいい。普段はお調子者なのに、姫ちゃんがピンチのとき、必ず助けに駆けつけてくれる(ここがやはり少女マンガ!)。
 さて冒頭で触れた〈ぬいぐるみ〉とは、姫子が赤ちゃんの頃から深い絆を結んできたオスライオンのぬいぐるみ〈ポコ太〉のこと。魔法のリボンを付けている間は、生きているように動いたりお喋りしたりができ、姫ちゃんに何かと助言をくれる心強い存在だ。

 設定は、王道の変身魔女っ子ものだが、姫ちゃんの行動力は魔女っ子顔負けで、むしろそちらに圧倒されてしまう。誘拐犯を追いかけたり、火事現場に飛び込んだり、果てはヤクザの事務所(?)に乗り込んだり。人を助けるためなら、身の危険も省みないお人好しでもある。そう、魔法がなくても、姫ちゃんは勇敢で頼もしい女の子なのだ。
 誰にでも変身できるリボンを手に入れた姫ちゃんが、様々な経験を経た後で「あたしはやっぱりこの姿が一番いいもん!」と言い切る最終巻は本当に清々しい。

 『姫ちゃんのリボン』に夢中になった私は、『ポニーテール白書』、『空色のメロディ』『神様のオルゴール』など、水沢めぐみ先生の他の作品も集めるようになった。丸みのある線の絵と、ピュアで温かい世界観の作品が大好きになった。その時代を反映した主人公の服装は、各連載から20~30年以上経過した今見ても、とても可愛いらしい。
 水沢先生の作品には、『キラキラ100%』『おしゃべりな時間割』など、控えめでがんばり屋の女の子が心を開いていく過程を繊細に描いたものも少なくない。けれど水沢先生といえば、やはり『姫ちゃんのリボン』だと改めて思う。
 近年の女性向けマンガは、いわゆる陰キャ(大人しくて自信のない女の子)が主人公になることが多い。そんな主人公が憧れるのは、クールでどこか陰のある男の子。読者の大半は、陰キャの主人公に自分自身を重ねながら読むだろう。
 でも、私はまた「姫ちゃん」のような、明るい正義感に溢れるヒロイン像も復活して欲しい。元気いっぱいで、見ているこちらが勇気づけられるような、晴れやかな作品に出会いたい。

 お小遣いをもらえる年齢になってからは、発売日になると雑誌の「りぼん」を買いに、隣町のレンタルビデオ屋さんに走った。そこだと売り切れもなく、早く買うことができるからだ。
 作家のことを先生と呼ぶのは抵抗があるのだが、「りぼん」の漫画家さんのことは、やはり「先生」付けで呼んでしまう。近年嬉しかった出来事は、「GALS!」の作者「みほなっち」こと藤井みほな先生がTwitterを始めたこと。当時の原画など、連載とアニメをリアルタイムで追いかけていた80~90年代生まれ世代には見逃せない投稿だ。
 あの頃、作品の舞台(ギャルの街)だった渋谷も池袋も、東京で暮らす今はすっかり日常になじんでしまった。でも漫画のコマの中で出会った2000年代初頭の東京は、ひと際まぶしく色あせない、永遠の思い出なのだ。

 10代前半の頃、水沢先生には出版社宛てに2回ファンレターを送った。便箋の余白に、水沢作品の主人公たちの似顔絵をいくつも描いて。会ったことのない大人に、一生懸命手紙を書いた記憶は、あれが初めてのことだった。なんと当時はファンレターにもお返事を送っていたらしく、憧れの水沢先生から元旦に年賀状が届いた。宛名の直筆手書き文字に「姫ちゃんと同じ字だ!」と当たり前のことなのに、やけに感動して飛び跳ねた。その年賀状は今も宝物だ。

 誰にでも変身できる魔法のリボンがあったら、私は何に変身しよう? どんな姿になったとしても、私の中身は変わらないと言い切れるだろうか。調子に乗ってあっさり染まってしまうかも。
 アイドルに変身しても校長先生に変身しても、自分らしさを貫ける姫ちゃんはすごいなあと心底思う。

 心がつい後ろ向きになるとき、私は今でも脳内に姫ちゃんを召喚する。姫ちゃんは元気いっぱいに飛び跳ね、全力で私の背中を押してくれる。
「いけいけゴーゴー!じゃーんぷっ!」
 私が「私」として、今を自分らしく生きられる歓び。それは、大人になると忘れてしまいがちな希望の光。『姫ちゃんのリボン』は、そんな日々の輝きを思い出させてくれる不朽の名作だ。