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「絵を見る技術 名画の構造を読み解く」 なぜ好きなのか、文法を知る

 とかく絵は「自由に見てください」と言われがちだ。でも実のところ「困ってしまう」のではないだろうか。つい、オーディオガイドにも手を出してみるのだけれど、どうも絵を見た気がしない。絵にまつわる背景や物語が頭に入っただけな気がする。自分はいったいなにを見たのだろう? 本書はそんな迷える人のため、絶好の指南役になってくれる。

 本書で最大の教えは、絵には必ずその絵を描いた作者がいて、その作者が画面を通じて見る者になにを届けようとしたのか、それをきちんと受け取ろう、著者の言葉を使えばしっかり「観察」しよう、ということだ。このメッセージは、むろん絵を睨(にら)んでも言葉では書かれていない。作者はまず、絵のどこに視線を向かわせたいのか。そのあとどこへ目を導こうとしているか。ほかにも明暗、配置、色使い、対比といった描き方で示されている。私たちに欠けていたのは、自由な感性でも該博な知識でもなく、絵をめぐるこうした文法の習得だった。

 興味深いのは、この描き方、伝え方が、古今を問わず「名画」と呼ばれるものに広く共通していることだ。だから、ひとたびこの文法を身につければ、いくらでも応用が利くようになる。どんどん当てはめてみたくなる。あなたは、ついに「絵を見る技術」を手に入れたのだ。本書が売れる理由もきっとそこにある。

 しかし、実は本書の「フォーカルポイント」(絵の主役)はそこではない。絵の見方がわかってくると、それでもなお、自分の好きな絵とそうでない絵があるのに気づく。さらには、好みに共通する特定の文法があることが理解できるようになる。それは、他人が別の絵を好きな理由もわかるということだ。そうして初めて、他人の趣味についての尊重と寛容も生まれてくる。趣味は、もっとも軋轢(あつれき)を生みやすい。本書の示す絵の見方は、今の時代にこそもっとも必要なのかもしれない。=朝日新聞2019年12月21日掲載

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 朝日出版社・2035円=6刷3万2千部。5月刊行。若い世代からの支持が厚く、イラストレーターや写真家など芸術に関わる読者からは制作の参考になったという声も届くという。