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#42 追憶の雨の中で ポルトガル・ポルト

ポルトガルのポルトの街並み。カラフルな家々がかわいい

 基本的には晴れ女なのだけれど、長く旅をしていると、雨に降られることもままにある。世界一周の旅の中でことさら天気運に恵まれなかった街が、ポルトガルのポルトである。

 首都のリスボンから電車で3時間ほどの場所にある、港町のポルト。事前に大して下調べもしていなかったが、ポルトガルに旅をした人がみな口をそろえて「ポルトは行ったほうがいい」というので旅程に入れた。駅に降り立った瞬間、ああ、なんかこの街、好きだと直感的に思ったことを覚えている。

 坂道が多くアップダウンが激しいが、川沿いの丘に並ぶカラフルな家々がかわいい。なんでも『魔女の宅急便』のモデルとなった街の一つだそうで、歩くだけで絵になるというか、気分が上がるというか、そんな街だった。

 ただ、ポルトの滞在中は基本的に雨で、たとえ止んでも曇天続きだった。観光名所となっている教会やドン・ルイス1世橋などを見るために街を少し歩いたが、やはり雨だと動きが鈍るし、体も冷える。

ポルトにある教会の内部。金箔の装飾が美しかった

 なので、カフェでポルトワインとエッグタルトを嗜みつつボーッとするか、実力のほどはよく分からないがポルトガルの民族歌謡ファドのコンサートを聴くか、宿泊していたホステルで仲良くなったスコットランド人とスーパーに行って、料理をしながら一緒に語り合うか。それぐらいしかやることがなかった。それぐらいしか、とは言ったものの、それはそれは豊かだった。何かに追われることもなく、ゆったりのんびり過ごす、かけがえのない時間。淡々としていて、ハイライトがどこかよく分からないけれど、日々の美しさを切り取った、フランス映画の主人公にでもなったのではないかとさえ思った。

 旅先で雨に降られることは「不運」なことで、好ましい状況ではないと思って生きてきたが、そのポルトの滞在から少し考えが変わった。雨が降らなければ出会えなかったことがあるし、雨だからこそ、センチメンタルに追憶にふけることができて、少し大人になった気がした。雨の旅も悪くないんだな、と。

ポルトガルの民族歌謡、ファドを聴く。60分のコンサートで、ポルトワインもついて10ユーロだった

 『雨の名前』(文・高橋順子、写真・佐藤秀明、小学館)という本がある。日本の雨を紹介していて、「木の芽雨」(春、木の芽どきに降る雨で、その成長を助ける雨)や「風花」(初冬の晴れた空、風上の降雪地から、風に乗ってこまやかに舞い降りてくる小雪や小雨のこと)、「遣らずの雨」(客や恋人の帰る刻限になって、引き留めるかのように強く降りだす雨)など、長く日本語を話していても、全然知らなかった雨の名前がたくさん出てくる。この世には、まだ私の知らない雨があることを知る。

 また、本の中には雨にまつわるエッセイも何本か掲載されていて、その中で、こんな文を見つけた。

雨が好きな人は、雨を見ている人だ。窓から見ていられる雨なら、私も好き。きれいさっぱり雨に洗い流して、また新しく何かを始められるだろう、そう思いながら何もしないで、雨と、雨の向こうの景色を見ている、そういう時間がつくづくほしい。(150ページ)

 きっと晴れていても好きだったとは思うのだけれど、雨のおかげで、私はポルトがより好きになったし、ポルトの旅のおかげで、私は雨がより好きになった。そういう時間がつくづく懐かしい。