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林達夫、久野収「思想のドラマトゥルギー」 一から勉強し直しつづける 平凡社・直井祐二さん

 『林達夫著作集5 政治のフォークロア』を読んだのは、1984年4月に林が亡くなったのがきっかけだった。気になって本屋で立ち読みしたら止まらない(2カ月後にフーコーが亡くなった時も同様)。あとに来た読者だ。あまりの見通しのよさにショックを受け、視野の広がりについていくのがやっとだった。特に戦中から敗戦後しばらくにかけて書いたものの多くは時代評だが、20世紀を批評して今なお新しい。

 しかしその後、林はほぼ沈黙してしまう。長い沈黙を破ったのが傑作「精神史」(69年)であり、著作集刊行の副産物、久野収(くのおさむ)との対談『思想のドラマトゥルギー』(74年)だ。この本を最初に読んだ時は次々に繰り出される人名と書名に圧倒されたが、読み直すにつれ、久野の言う「林達夫の精神的自伝の重要な側面」に近づいていった。久野によれば、林は本書の続篇(ぞくへん)をやりたかったそうだが、欲を言えばきりがない。

 この「談話記録」(林)からは、いつでも一から勉強し直しつづけたアマチュア精神の人の声が聞こえる。著作集別巻『書簡』によると、80代になった林はロシア語とスペイン語をあらためて学び直していた。なんとも自分の怠惰が恥ずかしくなる話だ。林と久野の生き生きとした会話を読み返しながら、そのアマチュア精神の再生をどのようにかできれば、と思う。

 「隠れて生きよ」。これは本書で林が引く、彼の祖型、古代ギリシャのエピクロスの言葉だ。たぶん林の格律だっただろう。古代の断片の含蓄は深い。=朝日新聞2020年2月26日掲載