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光用千春「たまご 他5篇」 解毒作用のある温かさと優しさ

 とある工場で働くイトウさんは、仕事が早く残業も厭(いと)わず、アルバイトながら頼られる存在。しかし彼女には皆が知らない別の顔があり……という表題作=デビュー作からして鮮やかすぎるほど鮮やかだ。同じ職場という共通項しかない人々の来し方行く末を想像させずにはおかない。

 対照的な性格の中学生姉妹を描く「じきに春」、独善的な母にうんざりな小学生女子の心情を綴(つづ)った「エリコとカナコ」、中学以来の仲良し4人組の三十路(みそじ)女の友情ドラマ「前後左右へ」、双子の弟に目の前で死なれた中学生が自問自答する「浮遊兄弟」。いずれも近しいがゆえに複雑な関係をモチーフとする。

 なかでも出色は「星に願いを」だ。夫の浮気がきっかけで児童虐待に至った母を聡明(そうめい)な小学生男子視点で描く。密室の母子関係に風穴を開けた男と少年の連帯、達観して見えた少年が本音を吐露するシーンには胸を打たれる。

 シンプルな線のほのぼのした画面から、人間のエゴや割り切れない感情が滲(にじ)み出す。それぞれ何かに囚(とら)われている大人や子供が、その呪縛からいかに逃れるか。じんわりくる温かさと優しさ、ハッとする言葉も随所にあり、読めば解毒作用のある作品集だ。=朝日新聞2020年3月7日掲載