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青崎有吾さんが夢中で追った『崖の国物語』 細部まで練り込まれた〈科学と博物学〉のファンタジー

 ファンタジー作品の世界地図は眺めるだけでも楽しいものだ。中つ国の広大な土地、アースシーの多島海、ドーム群を取り巻く世界、ドラクエの冒険マップ……漫画・ゲームまで含めたらいったいいくつの地図が存在するのだろう。そのどれもが魅力的な名所を備え、気候や文化が計算され、独創性にあふれている。

 それでも「最強の世界は何か!?」と聞かれたら、迷わずこの作品を挙げる。

 ポール・スチュアート作、『崖(がい)の国物語』。

 表紙を開いた瞬間、度肝を抜かれる。上空数千メートルと思わしき空の上、船の舳先ように突き出たばかでかい崖の上に、国が建っているのである。南アフリカ出身の画家、クリス・リデルによるイラストは極めて緻密だ。都市があり、大河があり、スラムがあり、崖の先端から離れるにつれて泥地と森が広がり――地図はそこで途切れている。「え、崖の下はどうなってるの?」「森の先には何があるの?」と思ったあなたは、もうこのお話の虜です。

 『崖の国物語』は、そんな謎めく世界を舞台にした全十冊の大河小説だ。刊行は2001~09年。小学生のときから夢中で追っていた。「スター・ウォーズ」のように世代をまたぎ、主人公も何度か交替する。ある者はアウトローとして、またある者は研究者として、冒険と探索の果てに少しずつ世界を紐解いてゆく。

 もうひとつ、大きな魅力がある。「崖の国」には魔法が存在しない。
ファンタジーではあるものの、すべての物理事象が理論的に詰められているのだ。たとえば「浮遊石」という鉱物が出てくる。この石は熱すると浮き上がり、冷ますと浮力を失う特性があり、人々は浮遊石を核とした飛空船を造って(このデザインがまた良い)温度を調整しながら空を行き来する。「嵐晶石(らんしょうせき)」は光の下ではただの石だが、暗闇に置くと超重量を得る希少品。ほか、細かい生態まで練り込まれた数十に及ぶ動物・植物・亜人種が登場。〈剣と魔法〉の物語ではなく〈科学と博物学〉の物語だといえる。

 このシリーズについて書こうと思ったのは、つい最近、よく似た世界に出会ったからだ。つくしあきひと作、漫画『メイドインアビス』。「アビス」と呼ばれる超巨大縦穴の底を目指し、より深層へと潜ってゆく「深掘家」たちの物語。謎に満ちた設定と、ご都合主義を排した容赦ない展開で話題を呼んだ。『崖の国物語』にも通じる点が多いと思う。というわけでアビス好きな方、ぜひご一読を。

 去年、「平成を象徴する十冊」というテーマで選書の依頼があった。『リング』や『模倣犯』にまじってこっそり『崖の国物語』も入れた。海外作品だからもちろん元号なんて関係ないが、虚空に突き出た崖という世界は、先の見えない時代の空気にぴたりと合っていたと思う。令和になった今でも読まれる価値はあるだろう。絶対に。

 シリーズ第五巻では、浮遊石を蝕む「石の巣病」の流行によって様変わりしてしまった世界が描かれる。

 僕らはまだ、崖の上に立っている。