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なぜドラァグ・クイーンやるの? 写真集「WHY DRAG?」エスムラルダさんインタビュー

文:篠原諄也 写真:篠塚ようこ

過剰な「女性らしさ」を装う

――ドラァグ・クイーンはどのような存在なのでしょう?

 基本的には派手なメイクをし、派手な衣装を身にまとって、クラブイベントなどを盛り上げる存在のことです。よく「女装」と言われますが、実際には「女性らしさ」をパロディ化したゲイの文化です。だからメイクを過剰にします。かなり大きい付け睫をつけて、口紅はオーバーに塗る。眉は潰して、その上に自分の眉を作っちゃう。そうすることで、世の中で「女性らしい」とされている要素をパロディ化している。たまに「女性をバカにしている」と誤解されますが、そうではなく、「らしさ」に縛られて生きることのバカバカしさを笑い飛ばしているんです。ただ、最近は細分化が進んでいて、ナチュラルメイクのドラァグ・クイーンも増えていますね。

――英語では「DRAG QUEEN」ですね。

 「DRAG」は「引きずる」という意味です。なぜこの名がついたかには諸説あります。裾を引きずるほど過剰でゴージャスな衣装を着るから。昔の女方の役者が着慣れないドレスで裾を引きずっていたことが源流だから。あとちょっとこじつけっぽいかなと思うんですが、「女」と「男」のジェンダーの境界線を引きずってぐちゃぐちゃにするから、という説もあります。

――ドラァグ・クイーンをやるのは、必ずしもゲイの男性だけではないそうですね。

 基本的にはゲイ、つまり男性として男性を愛する人が多いのですが、女性や、ヘテロセクシュアルの男性のドラァグ・クイーンもいます。また、ドラァグ・クイーンを入り口にして、「自分は女性になりたかったんだ」と気づく人もいますね。

――本書では筋肉や髭、胸毛を強調して「男性らしさ」を出している人もいました。

 「女性っぽい格好をしているけれど本当は男性なんだよ」ということを面白がる人もいるんです。あえて「男性性」を残すみたいな。「女性」と「男性」を行ったり来たりする感じをアピールして楽しむ。私が(ユニット「八方不美人」を)一緒にやっているドリアン・ロロブリジーダさんもそういうタイプですね。

――かなり多様で人それぞれなのですね。

 そうですね。ドラァグ・クイーンそれぞれに思想があります。もちろん、ただ楽しくて目立ちたくてやっている人もいるとは思いますが。自己表現としてやっている人は、何かしらの信念や思想を持っていることが多い。新宿二丁目でブックカフェをやっているマーガレットさんは「ドラァグ・クイーンをやること自体が政治活動だ」と言っていて「確かにそうだな」と思います。

「なぜドラァグやるの?」

――本書のタイトルは「WHY DRAG?」でした。登場する人たちの意見は様々です。「美しい芸術だと思うから」「生活のため」「退屈な正常性から逃げるため」「バカなことをやるってだけ」「ジェンダー・ロールに抵抗する」「内なる怪物を檻から出す手段」「男物の服は退屈だから」などありました。エスムラルダさんはなぜドラァグをやるのでしょう?

 私が初めてドラァグ・クイーンになったのは1994年の秋でした。当時、友人のブルボンヌさん(女装パフォーマー)がLGBTのパソコン通信をやっていて、その4周年パーティの企画をする時、当時ヒットしていたル・ポール(世界的に著名なドラァグ・クイーン)のデビュー曲「Supermodel」のMVを見ながら「こういうのやりたいね」という話になったんです。ル・ポールは身長が高くて、ド派手な衣装が強烈でとてもかっこよかった。最初はそんな「パーティの余興」感覚だったんですが、だんだん新宿二丁目のゲイナイトなどにも呼ばれるようになり、頻度が高くなりました。

 私の場合、「女性になりたい」というよりは、ショーをやるためにメイクをするという感じですね。だから、仕事の時以外はほとんどメイクをしません。面倒くさくて(笑)。でも、もちろんドラァグ・クイーンのなかには、メイク自体が好きな人、違う自分になることを楽しんでいる人もたくさんいます。

――エスムラルダさんの場合は、お仕事という意識なんですね。

 この格好でパフォーマンスをすることで、お客さんに楽しんでもらいたい。だから私自身は、メイクよりも、何をやるかの方に重きを置いているところがあります。

――どういうパフォーマンスをしますか?

 最初は映画「プリシラ」(ドラァグ・クイーンのロードムービー)で使われている洋楽の曲などのリップシンク(口パク)のショーをやっていましたが、そのうち、石川さゆりさんの「天城越え」など日本語の曲でやることが増えてきました。

 ドラァグ・クイーンを始めた頃、黒のロングのウィッグをかぶったら、「顔が怖い」と言われ、以後「ホラー系ドラァグ」を名乗るようになりました(笑)。生首を飛ばす演出をしたり、ショーの最後に血を吐いたり。ただ、単純なホラー演出だけだと、だんだんネタ切れになってきて、インチキ手品やジャグリングなどの要素も入れるようになりました。最近ではお芝居に出させていただく機会も増え、一昨年からは歌手活動もしています。

――新宿二丁目初のディーバ(歌姫)ユニット「八方不美人」(他のメンバーに、ドリアン・ロロブリジーダさん、ちあきホイみさん)ですね。なぜ「八方不美人」なのでしょう?

 ユニット名を考えていた時に、3人とも八方美人タイプなので「八方美人」にしようかと話していました。そうしたら作詞家でプロデューサーの及川眠子さんに「いやいや、『八方不美人』のほうがあんたたちらしいでしょ」と言われて。結果としてはよかったですね。インパクトがあるし、検索した時に「八方美人」は一般名詞なので、すぐ情報があがってこない。「八方不美人」だとすぐヒットするのでエゴサがしやすいんです(笑)。

クイーンは「一国一城の女主」

――本書を読んだご感想は?

 幅広くいろんなタイプのクイーンがいることを改めて感じますよね。(アメリカの)東海岸はわりとスタイリッシュで綺麗な人が多いけれど、西海岸は破壊的で様子のおかしい人が多い気がします(笑)。ドラァグ・クイーンをやる理由も本当に千差万別で面白いですね。

――「なぜやらないの?」(WHY NOT?)という答えが多くありましたが、エスムラルダさんもそう思いますか?

 私は……しない人はしなくていいと思っています(笑)。若いゲイの子に「ドラァグ・クイーンになりたいんです」って相談されることがあるんですが、「いやいや、やらなくていいんじゃない? 今でも十分楽しそうなのに」と思うことがよくあります。

――なぜでしょう?

 ゲイの場合、基本的には「男性性」を恋愛相手に求めるので、わざわざ「女性性」をアピールするのはモテから遠ざかる行為なんです。全然男に不自由しなさそうな子に「(ドラァグ・クイーンを)やりたい」と言われると「ああ、業が深いなあ。わざわざ茨の道を歩むのか」とつい思ってしまいます(笑)。

――それでもやりたい人もいるんですね。

 そうですね。やはり自分も含め、「こういうことがしたい」「こういう衣装を着たい」「目立ちたい」「人をびっくりさせたい」「何か違うものになりたい」といった思いや欲求が強い人が多いのだと思います。

――解説で近年、アメリカのリアリティ番組「ル・ポールのドラァグ・レース」(ネットフリックス)がドラァグ・クイーン界の話題を席巻していることが書かれていました。ユニークさなどを競い合い、スーパースターの座を目指す番組です。しかし、エスムラルダさんは「あまり好きではありません」と書いていました。

 ドラァグ・クイーンの存在を広めたのは確かだと思います。「ドラァグ・レース」をきっかけにドラァグ・クイーンになった若い子もたくさんいますし。

 でも、競争になっちゃうとどうなのか。みんな違って、みんないい。私はそれがドラァグ・クイーンの良さだと思っているんです。何もわざわざ世間の価値基準に取り込まれずとも、それぞれが自分のやりたいことをやったらいい。そして他人のありようを認めたらいい。日本のクイーンも、昔は「キレイ系」と「お笑い系」に何となく分かれていたんですが、年月が経って今は「それぞれのあり方があっていいよね」という雰囲気になっている。「本当頭おかしいよね」と言いながら、お互いにたたえあっていて(笑)。「ドラァグ・クイーンの一番のファンは、やっぱりドラァグ・クイーンだよね」みたいな話になることも、しばしばあります。

――日本のドラァグ・クイーンのHOSSYさんの「ドラァグ・クイーンは一人ひとりが一国の主」という言葉を紹介していました。

 HOSSYには「女王は一国にひとりしかいないもの。だからそういう気概や誇りを持ってほしい」という思いがあるみたいです。日本のドラァグ・クイーンって年功序列がはっきりしていて、年齢関係なく一日でも早く(メイクを)塗った人が先輩だとされる。HOSSYはかなり早くに始めたこともあり、若手の子がみんな「先生、先生」と言うんです。でも「舞台上ではそういうことを言わないで、堂々と振舞いなさいよ」と。それぞれが「一国一城の女主」なので、どんなあり方が正しいとか間違っているとかはない。だから私も、わざわざマスの基準で順位付けをしたりせずに、それぞれが自分の持ち味を発揮しながらやりたいようにやったらいいんじゃないかと思っています。