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【コロナ禍に思う】療養所の読書と手形のルール 作家・阿刀田高さん寄稿

阿刀田高さん=榊原織和撮影

ヘンテコな情報、裏書人の責務は

 二十歳のころ肺結核の診断を受け、一年半ほど療養生活を送った。ストレプトマイシンなど良薬の普及があって間もなく治癒、以来六十有余年、命を長(なが)らえている。

 病気なんてかからないに越したことはない。重病ならなおさらそうだ。しかし、かかってしまったら、それなりの対応があり、少しくべつな人生が生ずる。

 私はと言えば、療養所生活のあいだ、ひたすら読書を楽しんだ。外国文学を専攻していたので来る日も来る日も海外の小説を読みあさった。あの体験がなかったら私は小説家になっていなかったろう。命をなくしたらどうにもならないが、生き続ければ、なにかがある。生きてほしい。

 思えば、カミュの『ペスト』を読んだのもあのときだった。『ペスト』の読了がその後の私の人生になにか影響をもたらしたかと言えば、具体的に思い出せるものはないが、この作品が示した不条理への挑戦は他の作品とあいまって私の心に尊い思案を残したようだ。

 ――あのころは実存主義文学が、全盛だったから――

 つまり、この世には人間にはどうしようもない不条理が実在している。その不条理の闇に人間はわけもなく投げ出されているという真実、それへの抵抗、それとの馴(な)れあい、無力にして有力な人間同士の連帯などなどが私の生きる知恵となった。私は実存主義をおおむね信奉する立場である。

 病室は九人部屋で、二十代の私の周囲にはいろいろな年齢、さまざまな立場の大人たちがいて、その生活が毎日毎晩、四六時中かいま見えてくる。

 ――いろんな人がいるんだな――

 まったくの話、そこには“病気を治す”こと以外なんの共通点もない。エリート商社マンも暴力団員まがいの男もみんな神妙に枕を並べていた。平等で、みんな同じで、少しちがった。

 ――大切なのは、やっぱり合理だな――

 理屈に合うことに従うのが一番と覚(さと)った。
 くわしく述べるゆとりはないが、非合理なものにすがっている人はけっしてよい治癒にはいたらなかった。

 すぐ隣のベッドに商店主がいて「手形が落ちない」と顔を青くしていた。それがどれほどの苦境か、当時の私にはよくわからなかったが、その後の人生で少しは理解した。

 私はこの惨事に関わることがなかったが、あのとき知ったこと……手形の流通には裏書人が関わることがあって、裏書人は振出人と同じ責務を負うということであり、今でもこのことはよく考える。

 いかがわしい噂(うわさ)である。フェイク・ニュースである。初めにそれを発した人が悪いのは当然だが、それを聞いて他に伝えた人、その責任はどうなのか。この件でも振出人同様、裏書人もそれなりの責務を負うべきではないのか。情報化の時代、この認識は常に必要だ。昨今の世情を見て手形のルールを連想せずにはいられない。新型コロナについて、ヘンテコな情報が聞こえてくる。=朝日新聞2020年4月22日掲載