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中尾太一「数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集」 一行に「世界」、懸命な実践 思潮社・高木真史さん

 『数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集』は、2006年に思潮社50周年記念現代詩新人賞を受賞した中尾太一氏が、その翌年刊行した第1詩集だ。

 当時は、田村隆一、大岡信、吉本隆明といった戦後詩を担ってきた詩人たちの全詩集が一つの節目を刻むように次々に刊行され、それと同時に蜂飼耳、小笠原鳥類、三角みづ紀など、新しい世代の書き手が注目を集めはじめていた。私は携わっていた「現代詩手帖」で新鋭詩人特集を重ねながら、自分と歳(とし)の近い詩人たちの模索を間近にして、転換期の熱気を感じていた。

 そうした中で鮮烈に登場したのが中尾さんだった。一行最大80字という異様に長い詩行の連なりには、先行世代の稲川方人(まさと)氏が言う「一行で『世界』を収める」意識の実践として、他者が一義的には像を結びにくい時代に、なおもこの言葉を確かに届けるという切迫した意思が構築されていた。あとがきに書かれる「絶対抒情(じょじょう)主体」は、今を生きる懸命な息遣いを伝えて、その後の詩に新たな展開を促すことになる。

 長大な詩行の緊張感を損ねずに表すべく試行錯誤して版面を組み、B5変型の大判詩集が出来上がった。小説は流通上の理由もあって多くは四六判でつくられるが、詩集は個人から個人へと伝わるものだから、詩そのものが要求する姿を一冊の形にしていく。その意味でも詩集ならではの魅力をもつ一冊だと思う。=朝日新聞2020年5月13日掲載