1. HOME
  2. コラム
  3. 滝沢カレンの物語の一歩先へ
  4. 滝沢カレンの「復活の日」の一歩先へ

滝沢カレンの「復活の日」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

そこは365日が変わらない、極寒の冬地獄。
南極である。

季節のきの字も感じさせる気配はない。
真っ白な世界に真っ白な気温がよく似合う。
氷で周りを覆い尽くす、静かな堂々とした南極大陸だが、ここにもいたって暮らしはある。

そんな今日も南極の朝は始まるのだ。

「あなたー、起きてー」
かん高い声が家中に張り詰める。
氷点下85度の為いまにも息さえ凍りそうだ。

そこには寒いを通り越し、無の感覚を味わう男がいた。
アルミホイルでできたベッドから男は起き上がる。

名前は、イタム。

「ゔぁぁわぁぁぁぁ。もう朝か。今日も氷が美しいな」と、自分の睫毛にできたツララを取っていく作業から朝は始まる。

「あ、あなた起きた? あら、今日は唇あんまり紫じゃないじゃない? よかったわ」
妻のキサラズは旦那の体調を唇の色で管理していた。

「あぁ、なんだか今日は起きたとき無感だったよ。神経まで冷える日が続いたから少し今日は体は楽だ」
「それは何よりだわ。今日も仕事頑張ってちょうだい」と、妻は激熱のはずのスープを出してきたが、食卓に並ぶときにはあっけなく冷製スープと化していた。

「いただきまーす」

夫婦は仲良く凍る寸前の朝ごはんを食べ始めた。

「じゃあ、気をつけてね、今日もいってらっしゃい!」
「いってきます! 今日は13時くらいかな、うちつくの」
「わかったわ。おやつ準備しておくわね」

南極大陸では働く時間が10:00〜13:00が限界だった。
14時を回ると氷点下120度まで下がる為、南極の仕事時間は極めて短めだ。

そんなイタムの仕事は、窓拭き業者。
この地上にいることでさえ、氷になりかねない身体をさらに上空にもっていく仕事は南極大陸一の過酷な仕事だった。

イタムはかれこれ30年の窓拭き大ベテランだ。

南極には36個のビルがあった。
イタムの会社はその中の16個を受け持つ大会社だ。

「おはようございます!」
「イタムさんおつかれーす」

次々とイタムに挨拶してくる部下たちにあっけなく抜かされながら、ゆっくり職場に向かうイタム。
原因は氷靴がすり減るに減り足の裏に突き刺さる氷河のせいだった。

「あぁ、やっぱり昨日キサラズのいうとおりに、靴を変えるべきだったな」とひとり冷たい空に嘆いた。

会社にようやくついたイタムは、朝会に遅れ足で参加した。
「〜ということで今日も突然の氷河の崩落に気をつけながら、窓拭きよろしくおねがいします!」と代表の締めの挨拶だけをどうにか聞き込んだ。

「イタムさん、今日一緒っす! よろしくお願いします!」
声をかけてきたのは、まだ新米のイモヅカだった。

「あぁ、確か最近入ってきた若手だよな? よろしくな。なんかあったら助け合いだからいつでも言ってくれよな」
イタムは雪だるまみたいな上着を羽織ったイモヅカの肩をトントンと励ました。
なんの肩への感覚も感じないであろう雪だるまのような上着を着たイモヅカは笑いながらお辞儀をした。

ふたりは窓拭きの場所へと向かった。

「イタムさん、今日はこの古ぼけたビルだから一瞬で終わるっすね! チャリっとやっちぃましょ!」
「そうだな、ただここは長年お世話になっているお取り引き様だからな、早くやるのはいいけどご丁寧に仕上げるぞ!」

イタムは南極で2番目に古いビルの窓拭きに取りかかった。
高さは60mほどあり、地下は20mになる。

南極では地下のが暖かいと巷で流行り出し、最近は地上より地下のが長いビルが増えてきていた。
だが古いこのビルはまだ60mも空につき伸びていて、地上から見上げてもビルの先は雲やら霧やらでくすみ、全く姿をみせていない。

「さ、早いうち取り掛かるぞ。このビル3大氷河に見事に挟まれてるからな、いつ氷河が崩落しても笑えないぞ」
イタムはこのビルの特徴をサラリと口にしてイモヅカに状況を説明した。
「そうっすね。よし安全第一でやってやりましょ」

2人は早速ビルの最上階にあがり、窓拭き作業を開始した。
上空では、今にも体がもっていかれそうな氷吹雪がふいていた。

「イモヅカー、お前大丈夫かー? 吹き飛ばされんじゃねーぞー」
優しいイタムは自分の今にも凍りそうな体を武器に声を出した。
「イタムさーん、そんな心配いらないっす、だって俺強いっすもん」

そして、2人は地上から60mにもなる高さのビルの窓を丁寧に丁寧に一枠ずつ拭いていった。

絵:岡田千晶

たまに、氷が突き刺すことだって、普通にあった。
2時間たち、あっという間に地上5mのところまできた。

「イタムさーん、あとちょっとっすね、早あがりしちゃいましょうよ」
「おーい、イモヅカ、いいこというじゃん。だけどな、お得意さんなんだから、最後まで気を抜かずにやってくれよ」
「ほぃーっす」

そして、2人は60mあるビルの窓すべてを拭き終わった。

「よし、会社戻るか」
イタムがまるで雪だるまのような上着を着たイモヅカに喝を入れた。
「そっっすねー、今日はお世話になりました、会社戻って、さっさと帰りましょ」

そして、2人は会社に戻ってきた。

「イタムさーん、社長がお呼びです」
「ん? 俺に? なんだろう、行ってみるか」

イタムは長年この会社に勤めていたため、わざわざ社長から呼ばれることなんてめったになかった。
固まった足首を無理やり階段にのせて、社長室に向かった。

「社長、どうしました?」
「おーイタムくん、今日もお疲れ様。君の働きっぷりは、南極一だよ」
「いえいえ、こちらこそ、いつも重大な仕事をありがとうございます」

そして、社長は言いにくそうな口を開いた。

「実はね、南極一高い、あのロッサイヤービルを知っているだろ? あそこのビルの窓拭きは、ツーエル会社がやってるだろ? だがな、そこの社員がついに窓拭きをやりたくないと言い出したんだ、それもベテランだぞ」
「あっ、はい」

イタムは嫌な予感しかしなかった。

「そこで君にお願いなんだ。南極一の粘り強さがあるイタムくんにその仕事をやってもらいたい。もちろんほとんど命に関わることだから、とんでもない忍耐と痛みを回避することができないと思うんだ。だが、この仕事が成功すれば、遂に君は専務に昇進だ!」

「えっーーーーーーーー!!!!!!!! そんなこと急に言われましても・・・・・・」

イタムは人生初の南極にいることも忘れそうな質問をされた。

「1日考えさせてください」
イタムはそう言うと、その日は家に帰って、考えることにした。

夜中中、イタムはやるべきかやらないべきかを悩むに悩んだ。
答えが出そうにないが、家族のことを考えると、なんだかやった方がいいんじゃないかと徐々に思っていった。

そして、当たり前のようにまつげにツララができ、朝を迎えた。
その日はいつもよりも足取りが重く、出勤中もロッサイヤービルのことを考えていた。

会社が近づくにつれて、なにやら激しめの声が聞こえてきた。

「おい、おい、おい」
周りが叫びながら走っている。

イタムもその騒動が気になり、少しばかり凍った足首を小走りさせた。

すると!!!!!!!

なんと社長が消えたということだった。

頭を真っ白にしたイタムたちは、部下たちに何があったのかと情報を聞きまわっていた。
すると、部下から、「これ、どうやら、イタムさん宛っぽいっす」と言われて、1通の手紙を受け取った。

そこにはこう書かれてあった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

イタムくんへ
急な失踪ごめんなさい、実は昨日話した南極一の高さを誇るロッサイヤービルは窓拭きがいない為、北極一の大企業であるマッテンファクトリーにどうやら僕は引き抜きされることになりそうだ。
悲しまないでくれ、君との時間は楽しかった。
君が働いてくれたから、この会社はここまでこれた。

イタムくん、自分を責めないでくれ。

FROM 元代表取締役社長

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

イタムはもともと青白かった唇を遂に紫にして驚いた。
だが、次の瞬間、イタムは南極とは思えない熱さを体にまとった。
そして、手紙をぐちゃぐちゃに丸め込み、「社長、俺やってやりますから!!」と丸めた手紙を天高く持ち上げた。

イタムはなんとロッサイヤービルの窓拭きをやる覚悟を決めた。
それはそれは、南極内で早速、噂になった。

社長の耳にその一報が届くことはまだないが、社長がもしいつかこのことを耳に入れることがあったらいいなという想いだった。
イタムからの社長への恩返しの気持ちだった。
やる気を出したイタムはロッサイヤービルに早速、足を運んだ。

イタムはロッサイヤービルに到着した。
地上から見上げたロッサイヤービルはとてつもない氷に囲まれていた。

「噂では聞いていたが、実際みると、こんなにど迫力だったのか、こりゃ600mはあるぞ!」
イタムは、今にも消えそうな声でぽつりとつぶやいた。

イタムの言う通り、ロッサイヤービルは南極一を誇るビルであり、地上639m、地下792mにもなる超超超巨大なビルだった。

イタムはその巨大さに驚いていた。
夏も経験しことも無いイタムだが、そこには真夏の顔をするイタムがいた。
そんな汗ともに氷の階段を這い上がり、ロッサイヤービルの頂上に到着した。

汗も吹き飛ぶ氷の台風がそこには、吹きあぶれていた。
だが、イタムは社長が頭によぎり、窓拭き作業の手を止めることはなかった。

氷が突き刺さりながら、ぼろぼろの顔になったイタムは合計24日間かけ、ロッサイヤービルの窓拭き作業を見事完了させた。
これはなんと、南極の歴史上一番の早さだった。

肩やら、膝やら、足首やらに氷が突き刺さったままイタムは会社に戻った。
そこには、騒ぎ立てるような声以上のお祭り騒ぎの社員たちが待っていた。

「イタムさーん、まさか生きて返ってくるとは思わなかったすよ」
「ほんとにイタムさん、かっこいいです」
「まさか、あのロッサイヤービルを一人で窓拭きしたなんて!!!」

数々の社員たちの言葉がイタムの頭の上を飛び交った。

そして、きわめつけは、奥から出てきたイタムの妻だった。
「うううう、あなた本当に生きて帰ってきてくれたのね、あなたの妻で誇りだわ」
約1ヶ月ぶりの妻とのギュウの時間だった。

だが、イタムは妻よりも伝えたい人がいた・・・・・・。
それは社長だった。
もちろん、社長は北極に行ったっきり、音沙汰はない。

それから数年経過したある日のことだった。

南極に久々に人を乗せた船がくるという噂が流れた。
イタムは心のどこかでもしや社長なんじゃないかと思っていた。

人は南極船着き場にごった返し、誰が乗っているのかと誰もがその顔をみたがっていた。
イタムもその中の一人であった。

人の頭で降りてきた人が誰なのかわからなかったが、次の瞬間、声を出したその声で誰なのかがすぐにわかった。

「イタムくん」

それはそれは数年前を思い出させるような耳残りのある声だった。

イタムは人の頭をかき分け、声のする方に向かった・・・・・・。

「社長・・・・・・(小声)」
イタムは涙で声をとられた声だった。

目の前には、まつげにつくツララよりも激しい涙で覆われていた。
2人は遂に再会したのだった。

「社長、私、やりましたよ! 社長に恩返しがしたくて、その一心で、ロッサイヤービルの窓拭き、一人でやり遂げました! 少しでも恩返しできたでしょうか?」

「イタムくん、北極でもその噂はめぐりめぐって僕の耳に入ったんだ。すぐに南極に帰りたかったけど、2年に1回しかない船に乗るのがやっとだったよ。本当に本当に本当にありがとう。私を君の会社の社長に戻してくれるかい?」

イタムは涙で溢れた顔を拭きながら、「当たり前じゃないですか」という一言しか出てこなかった。

その瞬間、「復活の日だぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」と社員たちが湧いた。
これで、南極にあるロッサイヤービルの大事件は一幕降りそうだ。

「ロッサイヤービルを末永く君に頼んでいいか?」

「これからは、僕一人でロッサイヤービルの窓拭きしますからね、社長!! 任せてくださいよ!」

イタムの顔に赤色の唇が戻った。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 半世紀ばかり前の春、世界各地で心臓発作と思われる謎の突然死が相次ぎます。当初は家畜を介した疫病や新型インフルエンザが疑われ、日本では“チベットかぜ”と呼ばれるようになりますが、有効な対策をとれないままウイルスは蔓延、人類は滅亡の危機に陥ります。生き残ったのは、南極に滞在していた各国の観測隊員約1万人と海中を航行していた原子力潜水艦の船員のみ。彼らは一致団結し、人類社会の再生を目指すのですが……。日本SF界を代表する作家・小松左京による、パンデミック小説の古典ともいえる作品です。

 とにかく知識に裏打ちされた想像力がすばらしい。白いマスク姿の乗客が点在する東京の環状線、ワクチン製造が急がれるなか進む医療崩壊、非常事態宣言下でもなお覇権争いをする大国首脳……。つい最近、私たちが目にした光景が次々と現れます。カレンさん版の主人公イタムは酷寒の地での激務に耐えながら、社長の復活を待ちわびるわけですが、小松版の南極の人々は人類の危機にどう処したのでしょうか。深作欣二監督、草刈正雄主演で1980年に公開された映画版も有名です。