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〝醜さ〟という呪いにとらわれた少女たち 澤村伊智の学園ホラー「うるはしみにくし あなたのともだち」書評

文:朝宮運河

 現代のホラーシーンを牽引する人気作家、澤村伊智の約1年ぶりとなる新作は、“美醜”をテーマにした長編ホラーである。他人の容姿を自由に変えられる超自然的な力が、登場人物を恐怖と絶望の淵に突き落とす。

 都立四ツ角高校には、代々語り継がれている噂があった。約30年前、校舎の屋上から飛び降り自殺した少女・姫崎麗美の怨念が、今も学校にさまよっているというのだ。麗美に選ばれた女子生徒は、彼女が遺した「ユアフレンドのおまじない」を使い、クラスメイトの顔を醜く変えることができる。事実、四ツ角高校ではおまじないが原因と思われる生徒たちの不審な死が、断続的に発生していた。
 主人公・小谷舞香はこの高校に勤務する国語教諭。彼女が受け持つ3年2組には、世間の例に漏れず、「上位」から「下位」までいくつかのグループが存在している。ある日、その最上位に君臨する女子生徒・羽村更紗が自ら命を絶った。美貌に恵まれ、成績も優秀だった更紗はなぜ死を選んだのか? 原因が分からず困惑する舞香は、さらなる異常事態に直面する。
 授業中、ナンバー2のポジションにあった野島夕菜の顔が、突如醜く腫れあがったのだ。ニキビで埋め尽くされた顔面から、血膿が飛び散り、教室はパニックに陥る。「嘘だろ……本当だったのかよ」と呻く夕菜をはじめ、生徒たちの脳裏に浮かんだのは「ユアフレンドのおまじない」の存在だ。カースト上位の少女2人を襲った異変は、呪いによるものなのか?

 この作品がユニークなのは、呪いの効果が容姿にしか影響を与えない、という点である。ある者は老婆のように、またある者は『四谷怪談』のお岩さんのように顔を変えられてしまうが、それによって病を得たり、命を落としたりすることはない。
 だったら呪われても平気、と思える人はいないだろう。醜くなることは恐ろしい。なぜならそれは「普通から遠ざかる」こと、差別される側に転落することを意味しているからだ。そうと悟った少女たちは絶望し、自ら命を絶ってゆく。呪いを扱ったホラーはこれまでにも数多く書かれているが、このような形での死の連鎖を描いた作品は、あまり例がないのではないか。

 母親に醜いと言われつづけて育ち、大人になっても外見に自信が持てない舞香。美しい更紗に崇拝の念を抱き、真犯人を見つけ出そうとする鹿野真実。不幸な事故によって顔に怪我を負い、授業中でもマスクを外さない九条桂。3年2組の関係者がそれぞれに抱く容姿へのコンプレックスが、30年前に自殺した姫崎麗美の悲劇と共振し、「オカルト趣味で漫画じみた」おまじないに強烈なリアリティを与えてゆく。ありえないものをあると感じさせる著者の卓越した筆力は、この作品でも健在だ。

 スリリングなストーリーを牽引するのは、呪いをかけたのは誰かという謎。数多くの登場人物から、容疑者がロジカルに導き出されてゆくプロセスは極めて本格ミステリ的といえる。ミステリとの融合が特色である澤村ホラーにおいても、本作は孤島ものの『予言の島』と並んでひときわ謎解き小説のテイストが濃い。美醜というテーマと密接に結びついた意外な真相には、思わず言葉を失うはずだ。

 本書は、虐げられたものによる復讐譚であると同時に、“美しいものは正しく、醜いものは間違っている”という旧来の価値観の呪縛を描いた物語でもある。あなたや私が生きている現代社会をビビッドに映した、悲痛な学園ホラー。いつの日か時代が大きく変化するまで、この怖さが薄れることはないだろう。