稲泉連が薦める文庫この新刊!
- 『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』 松本創(はじむ)著 新潮文庫 825円
- 『飼い喰(ぐ)い 三匹の豚とわたし』 内澤旬子著 角川文庫 880円
- 『眼(め)の冒険 デザインの道具箱』 松田行正著 ちくま文庫 1650円
JR福知山線の脱線事故から16年が経つ。(1)で著者は一人の遺族の闘いを〈肩越し〉に見つめ、事故の本質を浮かび上がらせる。感情をいったんは胸にしまって「なぜ」を問い、JR西日本の企業風土や構造的な問題を検証する――それを事故の〈社会化〉と呼び、〈遺族の責務〉とさえ語るその姿に胸が締め付けられた。個人と組織の関係のあり方、「事故を伝え、記録する」とはどういうことか。日本社会に今後も重い問いを投げかけ続けていく作品だと思う。
(2)は『世界屠畜(とちく)紀行』で世界の食肉の現場を歩いた著者が、千葉県旭市の古民家で三匹の豚を飼い、食べるまでを描いたノンフィクション。養豚の方法を一から調べ、三匹に夢、秀、伸と名付けて愛情を注ぐ。とにもかくにもあらゆる作業を自ら行い、学び、試し、葛藤を繰り返しながら、感じたことを書くという姿勢に圧倒される。「生」と「死」が同居する食肉の現場の様々な光景に分け入り、「食べること」「生きること」への思考を促す傑作。
(3)ではグラフィックデザイナーの松田行正氏が、自身の「デザイン的思考」の神髄を見せてくれる。古今東西の多様な図像を俎上(そじょう)に載せ、喚起されるイメージの背後にあるものを綴(つづ)る筆致はまさにアクロバティック。読みながら、一本の線、一つの面の意味が立ち上がってくるような凄味(すごみ)を感じた。豊富なカラー図版、書籍の小口に凝らされた趣向が素晴らしく、「ものとしての本」の魅力にも満ちた一冊だ。=朝日新聞2021年5月1日掲載