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堀川惠子さん「暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ」インタビュー 発掘した史実が語る重さ

堀川惠子さん ©MAL

 読ませる技術もさることながら、一行一行を膨大な文献の渉猟と綿密な取材が支えている。著者の作品の常だが、本作も例外ではない。

 広島市の宇品には、かつて「暁部隊」と呼ばれた陸軍船舶司令部が置かれ、軍事の要諦(よう・てい)である兵站(へい・たん)を担った。序章を締める一文が本書の何たるかを端的に伝える。「旧日本軍最大の輸送基地・宇品には、この国の過去と未来が凝縮されていた」

 海軍でなく陸軍が船舶輸送を担う意外な経緯は本書に詳しい。知られざる史料を発掘する手腕は健在で、「船舶の神」田尻昌次司令官や技師の市原健蔵ら魅力的な人物の群像劇が周到にして生き生きと描かれる。

 戦時、日本は「ナントカナル」で突き進んだ。輸送の死活的重要性を熟知し、先を危ぶむ田尻の声は届かず、直言すれば待っていたのは更迭である。耳に心地よい情報が上に集まり、さしたる吟味もなく判断が下され、あげく国は破滅に向かう。昔の話と思えないのは、臨場感あふれる筆致のせいばかりではない。

 英雄視も見下しもせず、著者はその時代を懸命に生きた無名の軍人たちを忠実によみがえらせている。
 「大きな歴史のダイナミズムに、個々の人生がシンクロした。田尻さんも市原さんも、書き手としての醍醐(だい・ご)味を感じさせる存在でした」

 宇品の主要任務は特攻に転じた。「小さなベニヤ板の特攻艇で出撃した」若者たち――読みながら胸が塞がれる。初の原爆はなぜ広島に投下されたか。その疑問に始まる物語は巻を措(お)く能(あた)わずであると同時に、読後に残されるものがあまりに重い。

 ジャーナリストとして30年、本書は集大成の一作となった。節目の年に喪失感やまぬのが、「その頂をずっと目標にしてきた」立花隆氏の他界だという。著者の関心領域もまた広い。次作は医療をテーマに考えている。(文・福田宏樹 写真は本人提供©MAL)=朝日新聞2021年8月28日掲載