小野不由美の斬新な着想がさえる「営繕」ホラー
小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その参』(KADOKAWA)は、令和を代表する建物怪談の人気シリーズ第3弾。今回も家にまつわるさまざまな怪現象を、〈営繕屋〉の尾端(おばな)が鮮やかに解決していく。
巻頭作の「待ち伏せの岩」は、古い日本家屋が舞台になることが多いこのシリーズには珍しく、本格的な西洋館が登場する一編。その屋敷に住む中学生・多実は、川に面した小部屋の窓に怪しい人影を見かけた。一方、多実の家の窓からたびたび謎の女に手招きされていたという若者が、ゴムボートで夜の川に漕ぎ出し、命を落としてしまう。その後も多実を悩ませ続ける異形の存在。塔のある小部屋をめぐる一連の出来事は、工事にやってきた尾端によって意外な決着を見る。
2話目の「火焔」で主人公を悩ませるのは、建物としての〈家〉よりむしろ、旧態依然とした〈イエ意識〉である。夫を早くに亡くした順子は、同居する姑・貴恵の嫌味や罵詈雑言に長年苦しめられてきた。辛い介護生活を終え、やっと新たな人生の一歩を踏み出そうとする順子だったが、姑の霊は死後もさまよい続ける。
私見ではこのシリーズの読みどころは大きくふたつ。ひとつはホラー慣れした読者をも震え上がらせる、迫真の怪異描写だ。小野不由美といえば『屍鬼』や『残穢』で知られる怪談・ホラーの巨匠。繊細な描写の積み重ねによって、じわじわと緊張感を高めていく語りの巧さは、現代のホラーシーンにおいてもずば抜けている。
そしてもうひとつが、各エピソードの結末に用意された尾端の営繕シーンだ。腕のいい職人である尾端は、まるで雨漏りでも修繕するように、超自然的な障りを工事によって取り除く。といっても、死者の霊を異質なものとして生活から排除するのではない。生者の事情と死者の思い。その両方に等しく目を注いで、ほどよい落としどころを営繕という手段で呈示するのだ。そこには超自然的なものと共存してきた、日本人古来の霊魂観が滲んでいるようにも思われる。
尾端の工事によって呪われた幽霊屋敷は、現在と過去が重なり合う居心地のいい空間に変わる。その魔法のような腕前を、ぜひ堪能していただきたい。
リアルな怪談取材の舞台裏は臨場感たっぷり
建物にまつわる怪談実話本も数多く刊行されている。なかでもユニークな試みとして注目したいのが、福澤徹三と糸柳寿昭による「忌み地 怪談社奇聞録」シリーズ。
タイトルの〈怪談社〉とは怪談の蒐集・執筆・トークイベント開催などを行う実在の団体だ。その中心メンバーである糸柳寿昭と上間月貴が取材した心霊スポットや事故物件にまつわる体験談を、作家の福澤徹三が書き起こすというスタイルの本シリーズは、普段なかなか覗くことができない怪談取材の舞台裏を臨場感たっぷりに追体験することができる。
待望のシリーズ最新刊『忌み地 惨 怪談社奇聞録』(講談社文庫)で糸柳が取材に向かったのは、埼玉県某市にある貯水池、戦争の記憶が刻まれた広島県の某島、怪しいことが起こるという大分県の商手街など全国のいわくつきスポット。時にそっけなく、時に熱っぽく地元住民の口から語られる怪談の数々は、ネット検索では得られない生々しさに溢れている。
取材の過程では、別々に取材した怪談がリンクしたり、同じ場所で事件・事故が相次いだりという偶然が何度も立ち現れてくる。そこには法則性があるのか。触れてはいけないものに一瞬触れてしまったような感覚を味わえる、リアル過ぎる怪談ルポルタージュだ。
家はなぜ怖ろしいのかを考察するスリリングな研究書
沖田瑞穂『怖い家 伝承、怪談、ホラーの中の家の神話学』(原書房)は、個人的に刊行を待ち望んでいた“怖い家”の研究書。2018年刊の『怖い女』でホラーと女性の関係に切り込んだ気鋭の神話学者が、現代の小説やアニメ映画から昔話、神話までを幅広く取り上げ、そこに描かれた家のイメージを読み解いている。
家と怪異の関係を手際よく分類した序章「怪異が出現する家」から、大いに興奮させられた。澤村伊智の『ぼぎわんが、来る』や三津田信三の「よびにくるもの」といった現代のホラー小説に、都市伝説でおなじみの“外から中に入ってくる怪異”のパターンを指摘し、ザシキワラシのような家に住みつく怪異を描いた作品として小松左京の「くだんのはは」を例にあげる。かと思うと江戸時代の『稲生物怪録』に登場した戸口の老婆と、ロシアの昔話に現れるバーバ・ヤガーを比較してみせる――といった具合に、著者の発想は自在に広がり、古今東西の怖い家をアンソロジーのように示してくれる。この章の末尾に置かれた「私たちは、怪異から、それを含む過去から、どうあっても逃れられない」という一文は、右の「かるかや」シリーズや「忌み地」シリーズとも響き合う指摘だろう。
そこから先も「異界の家」「生まれなおす家」「呑みこむ家」などの角度から、家の孕むさまざまな性質を分析。専門分野である神話と現代のフィクションを重ね合わせ、物語に表れた家の意味を浮き彫りにしていく過程はスリリングであり、興趣が尽きない。建物ホラーが好きなら必携の一冊といえる。