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親子で楽しめる工夫がいっぱい 古藤ゆずさん翻案「ちっちゃな おさかなちゃん」のシリーズ

『改訳新版 ちっちゃな おさかなちゃん』(Gakken)より

独自のアレンジが日本の読者の心つかむ

——「ママ〜 どこ?」。広い海で迷子になってしまった白いちいさなお魚の赤ちゃん。ママを探しながら、次々と出会うのは鮮やかな色合いの海の仲間たちで——。ベルギーを代表する絵本作家、ヒド・ファン・ヘネヒテンさん作の絵本『ちっちゃな おさかなちゃん』(Gakken)の翻案を担当したのは、絵本の企画や執筆を幅広く手がける古藤ゆずさんだ。

『改訳新版 ちっちゃな おさかなちゃん』(Gakken)より

 初めて原作を見たとき、驚いたのは、ちいさな子ども向けとしては珍しい黒い海の色の表現。主人公のちいさな「おさかなちゃん」は白くて、黒と白のコントラストが印象的でした。当時は、乳幼児を対象とした絵本といえば、淡い色彩で描かれた絵本や、原色でくっきりとキャラクターを表現したものが多かったので、とても新鮮に感じました。

 読み進めると次々に登場するのは、カラフルで味のある海の仲間たち。日本の「ゆるキャラ」のようなユーモラスな様子に、なんだかゆかいな気持ちになって、いいな~と思ったことを覚えています。

——世界25言語以上に翻訳されている同シリーズには、日本独自のアレンジや工夫が随所に施されている。

 原作は2〜5歳向けに出版されたもの。でも、シンプルでわかりやすい物語の内容を見て、日本語版では少しアレンジを加えて「絵本への興味が芽生える0~2歳」向けの絵本にできないかなと考えました。そして、「低年齢の読者に合わせて、翻訳や絵本のつくりをアレンジしたい」とベルギーの出版社と原作者のヒド・ファン・へネヒテンさんに相談してみたんです。「ちいさな子どもが初めて触れる物語」としての工夫や日本の読者にフィットする翻訳について詳しく説明したところ、すべてのアイデアを快く了承してくださって。世界でもめずらしい、ローカライズの効いた「日本語版」が誕生することになりました。

 第一作の原題『Klein wit visje』は直訳すると「小さな白い魚」ですが、日本語版では『ちっちゃな おさかなちゃん』と、かわいらしさが感じられる、リズミカルなタイトルにしました。また、原文では「これは小さな白い魚のおかあさんでしょうか?」「いいえ、カニです」といった地の文の繰り返しだったのですが、日本語版では「ママ〜」と母親を探すおさかなちゃんに、海の仲間たちが「いいえ、わたしは……」とお返事してくれる展開に。ママを探すおさかなちゃんに子どもが自分を重ねられるよう、会話文のかたちにしました。この「おさかなちゃんと海の仲間の対話の繰り返し」をちいさな子どもたちが喜んでくれたようです。

 また、ちいさな子どもの視界を考えて原作より絵本のサイズを小さくし、絵本の角も丸くして、少々手荒に扱っても破れないボードブックに変更。表面もつるつるした加工を施し、気兼ねなく安心して手に取れるつくりを目指しました。

——「日本語版」ならではの特徴が、“オノマトペ”で名付けられた海の仲間たちだ。カニは「てとてと」、ヒトデは「つんつん」、タコは「く〜にゃ」など、ユニークな擬音で表されている。

『改訳新版 ちっちゃな おさかなちゃん』(Gakken)より

 原作では、登場する海の仲間たちには名前はなかったのですが、「おさかなちゃんが初めてみんなと会ったら、きっとこんなふうに呼ぶんじゃないかな?」と思い浮かんだのが、「オノマトペ」を使って表現した名前です。

 実際に人間の子どもも、最初は「わんわん」「ニャンニャン」など擬音語や擬態語からことばを学んでいきますよね。元気な緑色の亀はひょうきんな「ひょっこり」、ページいっぱいに広がる大きなくじらは「ざんぶ〜」など、日本語が持つ豊かで細やかな表現をそなえたオノマトペを使うことで、まだ文字を読めない子どもでも、心で感じとれるのではないかと思いました。

「改訳新版」でさらに読みやすく

——独自の工夫が好評を得て、翻訳された各国語版のなかでは「日本語版」の売り上げが群を抜くという。2021年からはさらに読みやすく工夫を施した「改訳新版」の発行を順次スタートした。

 読者からの声も踏まえて、「さらに読みやすく、楽しめるシリーズにしたい」と考えていたところ、ベルギーの出版社から「ぜひ既刊の改訂版に挑戦してみてほしい」とお願いされたんです。原作者のヒドさんの承諾を得て、2021年から改訳新版を順次発行することになりました。

 新版で名前をあえて変更した海の仲間もいます。たとえば、第一作の旧版で「ぶくぶく」と名付けたカニさんは、「てとてと」に。このキャラクターは、知らない場所で迷子になって心細さを感じているおさかなちゃんが、初めて出会う相手。海の世界の不思議な雰囲気を伝えると同時に、心細さをやわらげるイメージにしたい、とことばの推敲を重ねました。「てとてとてと……」と横歩きで近寄ってくる「てとてと」の、ちょっとかわいくてひょうきんで、ほっとする感じが伝わるとうれしいです。

『改訳新版 ちっちゃな おさかなちゃん』(Gakken)より

 名前のほかにも、ページをめくる子どもの目線の動きを考えて、絵のレイアウトを変更したり、文章の配置や内容、文字の大きさを変えたりしています。大きな声でゆったりと読んでほしいセリフは文字を大きくするなど、読み手が自然にメリハリをつけられるようにしました。初めての子育てで「読み聞かせするのはちょっと恥ずかしくて苦手だな〜」と感じているママやパパたちも、スムーズに読めるようなつくりを心がけています。

親子でリラックスできる時間を

——数々の工夫の背景にあるのは、子育てに奮闘するママやパパたちへのあたたかな目線だ。

 私も3人の子どもを育ててきましたが、現代のママやパパたちにとって、「子育てに関するプレッシャー」って、かなり大きいと思うんです。ここ数年は特に「自己肯定感」ということばがクローズアップされていますが、「わが子の自己肯定感は、親である私が育まなければいけない」というひそかな息苦しさを感じている人も少なくないと思います。

 だからこそ、絵本を読み聞かせする時間は、子どもだけでなく親もほっと心を緩められるものであってほしい。「有意義な時間を過ごさないと」と力まずに、自然なかたちで子どもと一緒に絵本の世界を楽しんでもらいたい。気分がのらないときは、最初からきちんと読まなくてもいいんです。好きなページだけ眺めたり、大きい文字のところだけ読んだり、「ママ〜!」のセリフだけ子どもに言ってもらったり、そのときどきで自由にアレンジを楽しんでほしいですね。

 読者からも、「6カ月くらいから、おさかなちゃんの絵を目で追うようになりました」「4歳の上の子が、0歳の下の子に『おさかなちゃん』を読んでくれてびっくりしました」「『おさかなちゃん』シリーズを読んで、ばいば〜い!や、じょうずじょうず!を覚えました」など、うれしい感想をたくさんいただいています。「おさかなちゃん」の世界を通して、子どもの成長に関われていることが大きな励みになっています。

——原書をベースにした翻訳出版だけにとどまらず、「おさかなちゃん」の絵や世界観を活かしながら育脳要素を盛り込んだ『0さい~3さい 脳そだて』のシリーズも企画して2022年に実現。今後は、さらなる新企画も進行中だ。

 2024年は原作の『Klein wit visje』が生まれて20周年、そしてGakken版の『ちっちゃな おさかなちゃん』が生まれて10周年という記念すべき年。このアニバーサリーイヤーに向けて、私が物語を考え、原作者のヒドさんが絵を描いてくださる絵本を制作中です。内容は「おさかなちゃん」シリーズの“エピソードゼロ”といった雰囲気のもの。来年の春にお目見えする予定の、日本発「おさかなちゃん」。ベルギーの原作出版社を通じて、世界の翻訳出版社に提案していくことも決まりました。ぜひ、楽しみにしていてください。