安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『喰うか喰われるか 私の山口組体験』 溝口敦著 講談社文庫 814円
- 『国道16号線 「日本」を創った道』 柳瀬博一(ひろいち)著 新潮文庫 693円
- 『小津安二郎と七人の監督』 貴田庄著 ちくま文庫 1045円
(1)侠気(きょうき)だ仁義だと美しい言葉を並べようとも、背景にあるのは暴力だ。そうした者たちを相手に半世紀も取材を続けてきた。安穏な日常など保証されるわけがない。例えば――山口組を題材とした書籍出版を中止しろと脅された。印税補填(ほてん)の“好条件”も付けてきた。無論、著者は突っぱねる。結果、背中を刺された。雑誌記事への抗議にも屈さなかった。今度は息子が刃物で切り付けられた。そんな波乱に満ちた作家人生も、「遠い日の悪夢でしかない」と振り返るところに、激動を生きた著者の凄味(すごみ)が浮かび上がる。自らを賽(さい)にして飛び込んだかのような山口組の取材記録。さて、「喰(く)われた」のはどちらか。
(2)長距離トラックのクラクションを「航海の汽笛」と歌ったのはユーミンだ(「哀〈かな〉しみのルート16」)。沿線住人の私には渋滞を「哀しむ」ばかりの国道16号だったが本書で一気に視界が開けた。絹が運ばれ文化が生まれ、「郊外」が形成される。地形を紐解(ひもと)きながら「広く、深い」歴史と風景が描写される。殺風景な国道も、実はこんなにも色彩に満ちていたのかと、認識をあらためる一冊だった。
(3)小津安二郎はカメラ技巧への興味を捨てた。そして生まれたのがローアングルによるショットだった。絵画のような映像は小津映画の代名詞となる。一方、ワンシーン・ワンショットに執着した溝口健二をはじめ、小津の周囲にはそれぞれの信念で我が道を行く“巨匠”たちがいた。名作の裏側に何があったのか。日本映画の軌跡とともに監督たちの生き様が描かれる。=朝日新聞2023年6月3日掲載