バイリンガルには、複数言語を使えて格好いいというイメージがつきまとう。でも、当事者は必ずしもそう考えていないようだ。アメリカ研究を専門とするハワイ大教授の半自伝的私小説は、英語で考える自分と日本語で考える自分が時に交差し、時に引き裂かれて、アイデンティティーを問い続ける姿を描く。
昨年刊行した『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』で、日本エッセイスト・クラブ賞や河合隼雄物語賞を受け話題となった。今回初めて小説の形を選んだのは「社会や学問における正論とは違う、私にとっての真実を記しておきたかったから」という。
前半は主に、親の転勤でアメリカに渡り英語を覚えるまで、後半はいったん帰国し、自分の意思でアメリカに移ってからの話。題名が予告するように、英語を身につけることへの賛美とは無縁な七転八倒だ。
たとえば、仲間の日本人男性3人とニューヨークへ旅した時、駐車場で新しいバッテリーがあがり、車の持ち主は係の黒人男性の落ち度を疑い弁償を要求。英語が堪能とはいえ自分が男性なら望まぬ交渉役を強いられただろうか、相手が白人なら仲間は強硬な態度に出ただろうか、と自問する。「日本人は女性と男性で英語への関わりが違う。アメリカ社会やアメリカ人との関係性も女性と男性で違うと改めて感じました」
東京大を卒業後、米国ブラウン大で博士号を取得、1997年、ハワイ大に職を得た。アメリカ暮らしは通算34年間、日本で過ごした時間より長くなった。英語の自分と日本語の自分は離れていると感じることも多い。「アジア人、女性、大学教授のような属性が交差して私になっている。でも見え方は、相手や状況によって変わる」。書き進めるうちに改めて感じた、自らの姿だ。(文・星野学 写真・桐生真氏)=朝日新聞2023年11月4日掲載
編集部一押し!
- ひもとく 韓国の大統領弾劾 背景に「権力」持つ市民の存在 小針進 小針進
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「雪の花 ―ともに在りて―」主演・松坂桃李さんインタビュー 未知の病に立ち向かう町医者「志を尊敬」 根津香菜子
-
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 文藝賞・松田いりのさん 会社員11年目、先の見える退屈が「ハイパーたいくつ」を書いて吹き飛んだ。 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#21 清繭子
- インタビュー 向坂くじらさん「ことぱの観察」インタビュー 友だちとは? 愛とは? 身近な言葉の定義、新たに考察 篠原諄也
- インタビュー 村山由佳さん「PRIZE」インタビュー 直木賞を受賞しても、本屋大賞が欲しい。「果てのない承認欲求こそ小説の源」 清繭子
- インタビュー 「王将の前でまつてて」刊行記念 川上弘美さん×夏井いつきさん対談「ボヨ~ンと俳句を作って、健康に」 PR by 集英社
- インタビュー 「王将の前でまつてて」刊行記念 川上弘美さん×夏井いつきさん対談「ボヨ~ンと俳句を作って、健康に」 PR by 集英社
- 北方謙三さん「日向景一郎シリーズ」インタビュー 父を斬るために生きる剣士の血塗られた生きざま、鮮やかに PR by 双葉社
- イベント 「今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて」公開収録に、「ツミデミック」一穂ミチさんが登場! 現代小説×歴史小説 2人の直木賞作家が見たパンデミックとは PR by 光文社
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社