今年で生誕90周年を迎える手塚治虫の『リボンの騎士』が「少女クラブ」で始まったのは1953年のこと。「初めてのストーリー少女マンガ」とうたわれる重要な作品だ。シルバーランド王国のサファイア王女は天使チンクのいたずらで「男の心」と「女の心」の両方を持って生まれ、さらに男子しか王位につけないため王子と偽って育てられる。
実際、男性しか王になれない国は少なくない。現代の日本も女性は天皇になれないし、かつての古代エジプトもそうだった。エジプト史上初めてファラオ(王)となった女性は紀元前15世紀に即位したハトシェプスト。公的な場では常に男装していたため、“男装の女王”とも呼ばれたという。彼女はどのような人物だったのか? なぜ女性の身でファラオとなれたのか? 「ハルタ」連載中の『碧(あお)いホルスの瞳―男装の女王の物語―』(犬童千絵)は、そのハトシェプストの波乱に満ちた生涯を描く野心作だ。フランス語版も出版されており、昨年パリで開催されたブックフェア「リーヴル・パリ」では作者のサイン会まで行われた。
偉大な父トトメス1世を敬愛して成長する少女ハトシェプストの夢は、父のように立派で勇ましい王となること。しかし当時のエジプトで女性は王位につくことができず、異母兄のトトメス2世と結婚させられる。『リボンの騎士』のサファイア王女は男女両方の心を持ち、人前では王子としてふるまいながら、自意識は完全に女性だった。隣国のフランツ王子に恋をし、女の心を奪おうとする悪魔に「あたし、男のなりをしてもやっぱり女の子よ。女でいたいわ」と訴える。それに対してハトシェプストは「なぜ私は女なのだ?」と泣き、男性に恋をすることもないまま王妃になる。
単に男まさりやお転婆といったレベルではない。実際にどうだったかはともかく、本作では明らかに心と体の性が一致しない“性同一性障害”として描かれている。みずから王位を望み、男装を好んだことから考えても、あり得ない話ではないだろう。
やがてハトシェプストは夫のトトメス2世を毒殺し、側室が産んだ義理の息子・トトメス3世の摂政(せっしょう)に。最新第4巻では軍人ソベクの登場をきっかけに、少年王とハトシェプストの間に亀裂が入る! いよいよ目が離せない展開になってきた。=朝日新聞2018年3月22日掲載