ひもとく

旅立ちの季節 新生活、誰もが迷子になる頃 上田岳弘

2017年04月09日

セブン&アイ・ホールディングスの入社式では、新入社員たちが式の前に手話を練習した=東京都内

 「夢よ叶(かな)え」とばかりに追ってきたことが現実になれば、それは自分の人生に課せられた責任となってのしかかる。シンパシーで繋(つな)がっていると思っていた人とは、根っからの誤解で惹(ひ)かれあっていたのだと気づく。まあ、そういうこともあるだろう。年齢を重ねるごとに、大抵のものごとには慣れるものだが、四月が近づけばいつも妙な感慨がわく。花冷えの中で開花宣言がなされ、ああ今年も春がやって来ると思う時、胸の奥に小さな疼(うず)きが生じる。新年は一月から始まり、四月には年度の変わり目を迎える。この風習による不整合は多いはずだけれど、是正される向きはない。日本では大勢の人が、この四月の胸の疼きを愛(め)でているためだろうか。
 二十年近く前の四月、地元の兵庫から東京へ出て来た時のワクワク感をよく覚えている。そんなもの、夏目漱石の『三四郎』の時代から描かれてきた、ありふれた心情だと言ってしまえばそうなのだが。僕は兵庫からだったが、三四郎は九州から列車に乗ってやって来る。小説の冒頭で、東に向かうにつれ女性の肌が白くなっていくことに三四郎は関心を向ける。相当な長旅だったはずだから、きっと数多(あまた)の女性の肌の色から、緩やかなグラデーションを感じ取ったことだろう。新幹線で慌ただしく上京を果たした僕の場合は、人々の話す言葉が耳についた。メディアを通してしか聞いたことのなかったアクセントが珍しく、こっそり聞き耳を立てていたのを覚えている。
 『三四郎』で印象的なキーワードは、ストレイシープ「迷子」という言葉だ。右も左もわからない都会生活で、気になる年上女性が現れたが、その人は自分に気があるんだか、ないんだか。そんな彼女もまた、深い迷いの中にいるのだと本人が言う。田舎で思い描いていた以上に、都会で暮らす人生は複雑であるようだ。若かった僕はというと、そもそもより複雑な場所で迷子になってみたかった。そうなることを求めて東京に出て来たのだと、今にして思う。

 ■時間が経てば
 過ぎてしまえば、大学時代は楽しい思い出として残っているが、最初の一年間は辛(つら)かった。東京近郊の実家暮らしで馴染(なじ)みの友達がいる者たちや、同じ上京組でもサークル活動に勤(いそ)しんだりしている者たち。彼らを横目に、「思っていたのと違う」と焦っていた。暗中模索の大学一年目、その過ごし方に焦点を絞った『大学1年生の歩き方』が、今手元にある。かつて寂しがり屋の大学一年生だった僕は、目次の見出しにいちいち頷(うなず)いてしまう。時間が経てば知人が嫌でも増えてきて、寂しさは薄れていくものだ。

 ■悩みを燃やす
 大学卒業後の僕は、まだまだ「迷子」のままだった。二年間の就職浪人を経てから、友達が設立した会社に入ってやっと働き始める。設立間もないベンチャー企業はよく言えば自由、悪く言えば先行き不透明だった。解決不能に思われる問題が山積みの中、どういうわけか会社の同僚の男とダイエット競争をすることになった。ストレスによる過食のせいで、僕は学生時代から二十五キロも体重が増加していた。競争相手も似たような状況にあった。多忙な日々の中でのダイエットには、意図せぬ効果があった。筋トレするほどに、贅肉(ぜいにく)とともに余計な悩みも燃焼していくようなのだ。旅立ちの季節、様々な悩みに疲れている人は、騙(だま)されたと思って筋トレすることをお勧めする。まずは一週間、キツめのやつを。『筋トレが最強のソリューションである』、書店で見かけたこの本には、タイトルからして間違いないことが書いてありそうだ。
 
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 うえだ・たかひろ 作家 79年生まれ。「私の恋人」で15年に三島由紀夫賞。他の著作に『太陽・惑星』『異郷の友人』。

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