絶望の日々があったから

2017年04月30日

 秘密基地に集まって遊んでいた小学生「超平和バスターズ」の6人。メンバーのひとりが死んでしまったことで、彼らは疎遠になってしまう。不登校を続ける高校生の仁太の前に、死んだはずの少女・芽衣子が現れる……。
 埼玉・秩父を舞台にしたヒットアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」をはじめ、「心が叫びたがってるんだ。」など数多くの人気アニメの脚本で知られるシナリオライターの岡田麿里(まり)。『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(文芸春秋・1512円)は、そんな著者がみずからの半生をつづった自伝だ。
 学校に通うための「キャラクター設定」をうまく作れず、中学校から高校まで5年半もの間、不登校を続けていたという著者。前半で語られるのは、一日一日を何も出来ずにただ「消日(しょうじつ)」するほかなかったその時代だ。風呂にも入れず、自傷行為に及び、さらに母親から包丁を向けられる焦燥と絶望の日々が、どこまでも赤裸々に描かれる。一方、そんな生活の中、谷崎潤一郎『痴人の愛』を読みふけっていたというエピソードなどからは、しばしばセクシュアルなモチーフを作中に登場させる脚本家・岡田麿里の原点が垣間見える気がする。
 そんな著者だったが、専門学校に入ったことで同好の士を得て、Vシネマの世界から脚本家デビューする。「お金が安くてもいいです」「なんならエロも書けます」と手当たり次第に仕事をするうち、アニメと出会う。やがて彼女がオリジナルアニメを企画することとなった時に選んだのは、故郷の秩父を舞台に、自分と同じ登校拒否児を主人公にすることだった。
 アニメの脚本を書くことを通じて、著者は登校拒否の過去と向き合い、自分でも知らなかった母親への思いに気づいていく。傑作と呼ばれる作品はどこから生まれてくるのか、どうして人は物語を書こうとするのか……その答えのひとつが本書にあると思う。
 ひとりの作家の半生が、生の言葉で語られた本書には普遍的な青春小説としての魅力がある。著者のファンや、脚本家志望者はもちろんのこと、アニメに詳しくない人も是非、手にとってほしい。(前島賢)

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