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原百合子「熱海の宇宙人」書評 日常から逸脱した世界、軽やかに

熱海の宇宙人 [作]原百合子

 新鋭の初作品集だ。表題作ではスランプ中の小説家が自分の小説の登場人物そっくりの宇宙人に出会う。そこには繊細かつエネルギーの強い線で構築された世界が淀(よど)みなく広がっており、初見でそののびやかさに目を奪われた。
 タイトルのセンスもいい。歴史深く、山海の美味に恵まれた気候温暖な熱海は温泉もある魅力的な土地だ。宇宙人がやってきたっておかしくない——そんな温度感のある言葉の組み合わせだけでも惹(ひ)きつけられる要素十分。
 大人になることは、身体の一部が退化すること。そんな世界で生きる少女の恐れの影の深さを音楽のように美しく描いた「退化の日」は息もつかずに読んだ。少年の日の憧れを秘めたまま成長した青年を描いた「中指のバレエ」も突飛(とっぴ)な話だが、流れるようなリズムがある。
 リアルと虚構の境界が近づいている今日では、逆に両者の違いを意識してしまう。しかし、日常からいとも簡単に逸脱し、またこちらに戻ってくる本作の世界観には、日頃の言葉にならない想(おも)いを掬(すく)いあげてもらったような気がした。見えるものだけの世界を軽やかに飛び出した1冊。見方ひとつで世界がこんなにも美しく繋(つな)がるなんて。=朝日新聞2017年6月4日掲載