1958年に販売が開始されたホンダのオートバイ・スーパーカブ。バイクはあまり詳しくないという方でも、その特徴的な形状は思い浮かべることができるのではないか。めったなことでは壊れない、常識外れの耐久性や優れた燃費など数々の「伝説」を持った本車は、発売から半世紀を経た今でも世界中で愛され続け、今年、2017年には全世界の生産台数が1億を突破する予定だという。
トネ・コーケン『スーパーカブ』は、タイトルのとおり、そんな「世界で最も優れたバイク」スーパーカブをモチーフにした小説だ。
両親を失い、奨学金を頼りに細々とした一人暮らしを営む山梨県北杜市の女子高生・小熊。山がちな通学路を自転車で登る毎日に辟易(へきえき)した彼女がワケありのスーパーカブをわずか1万円で手に入れたところから物語は始まる。
身寄りもなく、趣味もなく、友達もいない。ないないづくしの少女の生活が、スーパーカブと一緒に暮らし始めたことで少しずつ変わっていく様が主題だ。時速30キロのスピードに慣れ、自分の生活に合わせてあれこれカスタマイズし、メンテナンスの方法を学び、配達のアルバイトを始め、あるいは同じスーパーカブに乗る友達を見つけ、彼女がカブで富士山に挑んだ冒険譚(ぼうけんたん)に耳を傾ける。そうした小さな変化を積み重ねながら、田舎町でひっそり暮らしていた女の子は、自分ひとりでどこにだっていける力を身につけていく。
派手な展開や強烈なキャラクターがウリの作品ではないが、生活感にあふれた描写や、素朴で実直な文体など、本書それ自体が、スーパーカブのような魅力を持った小説だ。
本作は、もともと株式会社KADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」に投稿された作品。同サイトからは、本書をはじめ、自己増殖する横浜駅に日本中が支配されてしまった柞刈湯葉(いすかりゆば)『横浜駅SF』(カドカワBOOKS・1296円)など、個性派の作品が書籍化されている。新作・新人の供給源として大きな存在感を持つようになった小説投稿サイトだが、今後は、サイトごとの特徴が際立ってくると、一層面白くなるのではと思う。=朝日新聞2017年6月25日掲載
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