漁師の家に生まれ、父親の船に乗って育ったアサ。けれども成長するにつれ自分の日に焼けた肌や染みついた潮の臭いに嫌気がさし、高校生の今では、すっかり漁や父と疎遠になっていた。ところがそんな折、父が漁の最中、溺れた子どもを見つけて海に飛び込み、行方不明になってしまう。しかも父が助けた相手というのは、魚の尾を持った人魚だった。海の底にあるという故郷に戻れなくなってしまった人魚・ユーユは、そのままアサの家で居候することになってしまう……。半田畔(ほとり)『人魚に嘘(うそ)はつけない』はそうして始まる物語だ。
漁師という家業に拒否感を抱き、ひたすら地元を離れたいと願うアサを筆頭に、本書の高校生たちは、皆、そろって将来という壁に突き当たっている。アサの幼なじみの少女・シオは、長距離走の選手として全国レベルの才能に恵まれながら、皆の期待に重圧を感じている。同じく友人のウミは、ずっと打ち込んできたサーフィンの最中に骨折事故を起こして以来、海を恐れるようになってしまう。そんな彼らの悩みが、海からやってきた人魚との出会いによって、次第に解きほぐされていく様が、本書の第一の読みどころだ。
本作はもともとライトノベルレーベル一迅社文庫の新人賞・一迅社文庫大賞に投稿され、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(宝島社文庫・724円)で知られる七月(ななつき)隆文らが選出した作品が、四六判の文芸書として刊行されたもの。しかし本書は文芸書としてはもちろん、ライトノベルとしての魅力もきちんと兼ね備えている。なんと言ってもユーユの造形がいい。人魚というイメージとは正反対に、常識知らずでやたらと尊大。怒るとどこからともなく生み出したクラゲを投げてくる。人の匂いを嗅ぐことで嘘を見分けられるという妙な特技を持っており、好物はゴカイ。いろいろ残念だが一周回って、それが可愛い。
将来の選択に悩む少年少女たちを描いた文芸作品であると同時に、破天荒な人魚ヒロインとの日常を描くライトノベルでもある本書は、それらを足して二で割らない魅力を持った、ひと夏の物語だ。ぜひ、この季節に手に取ってほしい。=朝日新聞2017年8月27日掲載
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