ひもとく

売れた本 世界を柔軟に見つめるために 武田砂鉄

2017年12月24日

 御年94歳の直木賞作家が「ヤケクソが籠(こも)った」と宣言したエッセー(1)が100万部を超えるベストセラーとなり、既刊本を含め、佐藤の舌鋒(ぜっぽう)が店頭にずらりと並んだ。年を重ねた作家のエッセーは毎年のように上位にランクインするが、現代社会に苦言を呈するために自らの経験を持ち出し、(主に若者の)未成熟をいたずらに突く「説教本」とは、一線を画する。佐藤のエッセーには、自身に対する諦めも含まれており、社会にも自分にも分け隔てなく邪気を向ける様が清々(すがすが)しく痛快。スーパーへ行き、「NO レジ袋」と記されたカードを籠に入れる慣習に「なぜ、『レジ袋はいりません』と声に出してはいけないのだろう」と苛立(いらだ)ちつつ、「同じように従っている私の不気味」と書く。
 2万通を超える便りが読者から寄せられたというが、勇気をもらった、との声に、「どうして読んだ人が勇気が湧くんだか私自身にはわからない」と「ヤケクソ」をかぶせていく。流行語大賞となった「忖度(そんたく)」とは真逆(まぎゃく)の姿勢が受け入れられた。
 ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロは記念講演で「人種差別主義が、あるときは伝統的な形で、あるときは現代的な形で、再び台頭している。まるで埋もれた怪物が目覚め始めるように、文明化された通りの下でうごめいている」とし、その困難を乗り越えようとする時に文学が重要となると位置づけた。その発言を受け止めた時、今年最も売れた新書が、刊行時のオビ文に「日本人と彼らは全くの別物です!」と掲げた(6)であることを嘆かわしく思わざるを得ない。「日本人、中国人、韓国人のDNAには、大きな違いがあることが判明したそうです」「メディアのなかに、かなりの数の外国工作員が紛れ込んでいます」などと、隣国やメディアへの蔑視をひたすら積もらせることによって「愛国心」を粗造していく。人種差別主義が、通りの下、ではなく、通りの上で大声を発している。

■少年の眼差し

 80年前の作品を漫画で蘇(よみがえ)らせた(18)がヒットしたが、貧困や暴力と向き合う少年が、世の中を回している中心などないのかも、「小さな意志がひとつひとつつながって」世界が動いている、と悟る物語は、自国優先主義を隠さず、世界の中心にいることに執着する大統領の様を憂えているようにも読める。日本の首相からは「対話より圧力」との居丈高なスローガンが連呼されたが、戦争に向かう空気の中で綴(つづ)られた本作が伝える、「圧力より対話」と言わんばかりの少年の眼差(まなざ)しこそ健全だ。
 小学1年生から6年生まで、実に3018もの例文にすべて「うんこ」を用いた異色の漢字ドリル(4)は、累計281万部の大ヒット。「ヤケクソ」な例文が続くが、時折、「わざわざうんこを見せに来るとは、仁義を重んじる男だ」(小学6年生)といった、どことなく人間臭い例文が、笑えるだけではなく親しみを覚えるシリーズに繋(つな)がった勝因か。購入者の分析データを見ると、「うんこ」という普遍的なネタに引っ張られたのか、高齢層も多く、孫へのプレゼントなどにも重宝されたのだろう。
 既存の図鑑のように、強くてかっこいい動物の姿を中心に並べるのではなく、トラは笑っちゃうほど狩りがヘタ、キリンは長い舌で鼻くそをほじるなどと、ざんねんないきものを並べた(2)(8)にも、多くの子どもたちが関心を寄せた。

■大人はどうか

 児童に向けた本が複数冊ランクインしたが、「うんこ」といい、「ざんねんないきもの」といい、世界を柔軟に見つめて楽しもうと試みる子どもたちの姿勢を、大人たちはどれだけ持てているだろうか。痩せるのも(9)、開脚できるのも(15)、喉(のど)を鍛えるのも(20)、結果を出して改善するのは大切なのだろう。でも、本って、メソッドを知ってクリアするためにあるのだろうか。自分が知らなかった価値観に触れるため、多様性を排除しないために本を読みなさいと、子どもたちが教えてくれている。

    ◇

 たけだ・さてつ ライター 82年生まれ。『紋切型社会』でドゥマゴ文学賞。『コンプレックス文化論』

■2017年ベストセラー

 (1)『九十歳。何がめでたい』 佐藤愛子著 小学館
 (2)『ざんねんないきもの事典』 今泉忠明監修、下間文恵ほか絵 高橋書店
 (3)『蜜蜂と遠雷』 恩田陸著 幻冬舎
 (4)『日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル』小学1年生〜6年生 文響社
 (5)『騎士団長殺し』(1・2) 村上春樹著 新潮社
 (6)『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』 ケント・ギルバート著 講談社+α新書
 (7)『伝道の法』 大川隆法著 幸福の科学出版
 (8)『続 ざんねんないきもの事典』 今泉忠明監修、下間文恵ほか絵 高橋書店
 (9)『モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット』 佐久間健一著 サンマーク出版
(10)『新・人間革命』(29) 池田大作著 聖教新聞社
(11)『応仁の乱』 呉座勇一著 中公新書
(12)『はじめての人のための3000円投資生活』 横山光昭著 アスコム
(13)『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版』 J.K.ローリングほか著、松岡佑子訳 静山社
(14)『コーヒーが冷めないうちに』 川口俊和著 サンマーク出版
(15)『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』 Eiko著 サンマーク出版
(16)『か「」く「」し「」ご「」と「』 住野よる著 新潮社
(17)『君の膵臓をたべたい』 住野よる著 双葉社
(18)『漫画 君たちはどう生きるか』 吉野源三郎原作、羽賀翔一画 マガジンハウス
(19)『劇場』 又吉直樹著 新潮社
(20)『肺炎がいやなら、のどを鍛えなさい』 西山耕一郎著 飛鳥新社
 (16年11月26日〜17年11月25日、日販調べ、総合部門)

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