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古橋秀之「百万光年のちょっと先」 ロボットが語る「千夜一夜」

 「私」の家では一台の古い自動家政婦=メガネのメイドロボットが働いていた。幼い私の世話もその役目で、毎晩、眠れない私に彼女は不思議な話を語ってくれた……。機械のメイドが少年に千夜一夜のように語った物語。「SF Japan」(徳間書店・現在は休刊)連載のSFショートショートを単行本化したのが、古橋秀之『百万光年のちょっと先』だ。
 著者は、科学にかわり呪術が進化した世界を描くオカルトパンク『ブラックロッド』(電撃文庫)でデビュー。その後、SFホームコメディー『タツモリ家の食卓』(同)やE・E・スミスのスペースオペラ『レンズマン』の外伝『サムライ・レンズマン』(徳間デュアル文庫)などを手がけたほか、アニメ脚本、マンガ原作など多彩な活躍で知られる。そんな著者がショートショートという新たな才能を見せてくれた。
 メイドロボの語りはいつも「百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし」という出だしで始まる。この壮大で、かつ、妙にとぼけた語り口がなんと言っても本書の魅力だ。話しはじめるやいなや、語り手は、十億年かけて建造され、強力な走査ビームで銀河を観測=破壊していく百科事典だとか、「生まれた人間はひとりも死なない」「人道的」な戦争だとか、電磁力の手綱で恒星を乗りこなす星乗りだとか、実に気持ちよく大ボラの風呂敷を広げていく。しかも、それをわずか数ページで、時に叙情たっぷりに、時に落語のようにトンチを効かせて、鮮やかにオチを付けてみせるのだ。評者が特に気に入ったのは、巨大ブラックホール的存在と冷凍睡眠装置で眠り続ける女の子が出会う「穴底の男と凍った娘」や、万能の防衛装置に守られたお嬢さんに少年が挑む「三倍返しの衛星」などだが、本書に収められた48編はいずれも甲乙付けがたい。ぜひ枕元に置いて一夜に一編ずつ読み進めてほしいところ。しかしおそらくは、とまらずに一晩で読み切ってしまう読者が続出するであろうから、その場合の次の一冊として、同じ著者の時間をテーマにしたSF短編集『ある日、爆弾がおちてきて』(メディアワークス文庫)をオススメしておきたい。=朝日新聞2018年2月25日掲載