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憲法9条改正論 従来の議論、踏まえられたか

 私たちは憲法改正の国民投票を経験したことはない。その私たちが、国会の発議する憲法改正案に賛否を投じる日が、近い将来、訪れるかもしれない。
 自民党憲法改正推進本部が策定した改正案で大勢を占めたのは、第9条の後に「第9条の2」を加える案だ。「前条(=第9条)の規定は……必要な自衛の措置をとることを妨げず」と規定し、「そのための実力組織」として「自衛隊」の保持を明記するというものだ。

「自衛隊」を明記

 この案は、昨年5月3日、安倍晋三首相が語ったように、「自衛隊は違憲」という憲法学者らの口を封ずべく、戦力不保持・交戦権否認を規定した第9条2項を維持し、自衛隊を「第9条の2」に書き込む。これにより、自衛隊を違憲と断じられなくなるはず、というのだ。
 かつて自民党内で、今回と同じく、自衛隊を憲法に明記する改正案が提示されたことがある。1982年、党憲法調査会の中間報告だ。第9条1項を維持したうえで、2項を削除し、これに似た「第9条の2」に自衛隊を明記する。2項を削除する点で、今回の案とは異なる。しかし、改正の狙いは全く同じだ。仮にこの改正がなされても、従来の政府解釈に基づいて、自衛のために必要な最小限度の実力をもちうることに変わりはなく、ただ現在の自衛隊の存在を憲法上疑義のないものとするにとどまる、というのだ。
 ところが当時、党内で「第9条2項を削除すると、軍事力に対する歯止めが失われる」というだけでなく、そもそも「第9条の2」で創設される「自衛隊」は、第9条のもとで法律によって設置されている、現在の自衛隊ではないとの指摘がなされた。「第9条の2」でつくられる「自衛隊」は現行法律上のものとは次元を異にし、憲法上の機関として設けられるのだから、改めてその定義、実体の確定から始めなければならないとする、法律論として至極もっともなものであった。
 かつては自民党内の議論も、このような水準を保っていた。さらにさかのぼれば、『復刻版 戦争放棄編』は、敗戦後の46年の帝国議会で、平和国家の建設と自主防衛の折り合いをどう付けるか、真剣に議論されていたことを今に伝える。

歯止めとならず

 ところで、今回の自民党の改正案は、素案に明記されていた政府解釈の「必要最小限度の実力組織」に代えて、「必要な自衛の措置をとること」と「そのための実力組織」を指示する。そこでは「最小限度」という限定詞が消え、しかも、「前条(=第9条)の規定は……〔本条(=第9条の2)の措置を〕妨げず」とまで明記されている。
 その意味は、第9条2項の戦力不保持規定や「必要最小限度の実力」という政府解釈にとらわれず、自衛のため必要な措置をとりうる実力組織として、新たに「自衛隊を保持する」ことにある。この「自衛隊」の実力が第9条2項と矛盾衝突する場合は、「第9条の2」の措置の方が優先されるというのだ。結果は明白だ。第9条2項は歯止めとならず、「自衛」に必要ならば、どんな「実力組織」をもつことも可能となり、第9条2項は空文化することになる。
 これまでの議論の蓄積は、踏まえられているだろうか。
 元内閣法制局長官・大森政輔氏の『法の番人として生きる』は、「必要な自衛の措置」とは外からの武力攻撃に対し他国の支援を受ける局面におけるものだとし、わが国が主体となって保持しうる実力を指す「必要最小限度」との違いを示す。その違いは、『憲法関係答弁例集(第9条・憲法解釈関係)』で歴史的に通観することができる。
 新緑のもと、これら3冊を座右に第9条について考えたい=朝日新聞2017年4月28日掲載