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萩尾望都「私の少女マンガ講義」書評 作品も技術も論じる「文学史」

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年06月09日
私の少女マンガ講義 著者:萩尾 望都 出版社:新潮社 ジャンル:マンガ評論・読み物

ISBN: 9784103996026
発売⽇: 2018/03/30
サイズ: 20cm/221p

私の少女マンガ講義 [著]萩尾望都

 明治期のインテリは、小説、とくに恋愛などを扱ったものを有害だと見做したが、現在ではその頃の小説は教科書に載り、立派な文学になっている。
 多くの人に読まれ、また時代の空気や問題意識を反映している、明治期の小説にあたるものは、現代でいえばマンガだという人もいる。ひと昔前までは、マンガは子どもの読むものだった。しかしその子どもたちが大人になるにつれ、マンガはメディアごと発展していき、大人の鑑賞に堪えうる多様な需要に応えられるものとなった。マンガは日本文学の「周辺」資料と位置付けられてきたが、読者の数でいえばもはや立派な文学である。
 前置きが長くなったのは、この本がマンガのなかでもジャンルの成長に携わってきた歴史的にも重要な作家のひとり、萩尾望都によるマンガ史の講義だからだ。しかも、自作まで細かく振り返っている。例えるなら、芥川龍之介が存命中に、漱石から若手の作家までの作品を追い、また自らの作品についても触れて日本文学史を語っているようなもの。年代を追い、雑誌媒体ごとの成立と背景、さらには個別の作家論、他のメディアや芸術との比較など、重層的で示唆に富む。特に、作者と読者の距離が近いというジャンル特性や、物語や作画以上にマンガにおいて決定的な「コマ割り」に関する考察はどの専門書より要領を得ている。また著者自身のアシモフやドストエフスキーといった作家からの影響にも触れており間口は広い。
 『ポーの一族』『トーマの心臓』『百億の昼と千億の夜』『半神』『イグアナの娘』……時代を牽引した作家が、ここまで的確かつ平明、それでいて緻密に語った背景には、イタリアでの講演という環境や、自作を知り尽くしたインタビュアー矢内裕子氏の存在がある。しかしそれ以上に、いま語っておかなければという使命感のような覚悟を随所に感じるのである。
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 はぎお・もと 1949年生まれ。『残酷な神が支配する』で手塚治虫文化賞優秀賞。代表作に『11人いる!』など。