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「国策紙芝居からみる日本の戦争」書評 戦場という異世界に通じる道

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月02日
国策紙芝居からみる日本の戦争 (神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター研究成果報告書 非文字資料研究叢書) 著者:安田 常雄 出版社:勉誠出版 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784585270447
発売⽇: 2018/03/15
サイズ: 30cm/463p

国策紙芝居からみる日本の戦争 安田常雄〈編著〉

 紙芝居の絵は、この世に生を授けられて最初に見たナマの絵画だった。紙芝居は活動写真とどさ廻(まわ)りの田舎芝居の中間にあって、最少の小遣いで楽しめる娯楽だった。
 紙芝居の演者は弁士さながらの声色を使い分け、拍子木を叩(たた)きつけ、狂気の熱弁を振るう。まるで降霊術の霊媒師のように。だけど紙芝居の函(はこ)の中は戦場という異世界に通じていたなんて子供は誰も気づかない。
 血湧き肉躍る冒険に憧れる子供の純粋無垢(むく)な魂を洗脳し、子供を戦場に送り込む戦術に、国策紙芝居がひと役買っていたことが、本書では描かれている。そんな国家権力の上から目線の思想には、当然僕たちは気づかなかった。
 いま思えば、紙芝居は鶴見俊輔の提唱する「限界芸術」の一例であった。無名性が有する大衆的なエネルギーは子供の魂に祝祭的な肉体感覚を移植する霊力がある。僕はそんな土着的なメディアの信者であって、国家の策略的な紙芝居の思想には全く無頓着に、純粋に紙芝居の視覚言語に心を奪われていた。
 ところが事態は深刻であった。子供の純粋な興味とは裏腹に、無意識は政治的プロパガンダによって乗っ取られつつあった。紙芝居ファンは、はなたれ小僧や何もわからない低学年の子供が中心だったからだ。
 僕もその一人だったが、絵(ビジュアル)にしか興味がなく、国策紙芝居がいくらがなり立てても富国強兵の思想など馬耳東風。何の意味もなさなかった。
 ところが現実には目前に本土空襲が迫っていた。大本営の発表は行け行けドンドンで、まさか日本国が敗れるなんて、国民は誰も知らされていなかった。はっきり言って僕たちは極楽トンボだった。
 結果は歴史が語る通りであるが、僕にとっての国策紙芝居は国策ならぬ画策を練る格好の素材でしかなかった。そう考えると、紙芝居は僕の絵画の原郷であったということになろうか?
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 やすだ・つねお 46年生まれ。神奈川大非文字資料研究センター研究員。本書は9人の共著で、239作品を収録。