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湊かなえ「未来」書評 人の心あやつる罪深さに戦慄

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月16日
未来 著者:湊かなえ 出版社:双葉社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784575240979
発売⽇: 2018/05/22
サイズ: 20cm/445p

未来 [著] 湊かなえ

 未来の自分に手紙を書いて地中へ埋めたり海へ流したりする話なら聞いたことがある。でもある日突然、20年後の自分から手紙が届いたとしたら??。
 想像してほしい。あなたならどうするか。本書の主人公・章子は未来の自分に返事を書く。10歳からの4年半に書きつづった手紙を通して私たちは彼女の身に起こった出来事を知り、心模様をたどる。少女にありがちなコンプレックス、いじめ、家族の不幸……それは、だれもの人生がそうであるように決してなまやさしいものではなかった。
 悩み傷つき「未来からの手紙など、所詮、誰かのいたずらで、それに対してせっせと返事を書いていた自分のバカさ加減に」あきれながらも「楽しい事を少し先に置いて、そこに向かって真っすぐ線を引くように向かって行」こうと章子は自分を鼓舞する。未来があると確信することは、人生の苦難を乗り越える後押しにもなるからだ。けれど、その一方で、未来は多感な少女の心をあやつり、悲惨な事件へと導いてゆく。少女は無垢な心を持つが故に、残酷でもあるのだ。
 後半は別の3人の視点からそれぞれのエピソードが語られる。未来からの手紙とは何だったのか。章子を取り巻く因縁と事件の真相がつづられてゆくのだが、ミステリーだからここには書けない。ともあれ、綿密に組み立てられたこの恐るべき小説は、私たちをうならせ、戦慄させる。なぜなら人の心をあやつる以上の罪はないからだ。悪意のない一通の手紙が、さながら呼び水のように、大人たちの記憶の底に沈殿する悲劇までもよみがえらせる。未来とは過去の集積から生まれてくるものだと、私たちは思い知らされる。
 さて、行きたいのに誰も行き着かないドリームランドは何を意味しているのだろう。幻想でしかありえない「未来」に翻弄され続ける私たちへの、諦観か警鐘か。著者の叡智に満ちた目は冷徹に問いかけている。
    ◇
 みなと・かなえ 1973年生まれ。『告白』で本屋大賞。『ユートピア』で山本周五郎賞。『贖罪』で米エドガー賞候補。