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「きげんのいいリス」書評 「宇宙」「落胆」考える生き物たち

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月30日
きげんのいいリス 著者:トーン・テレヘン 出版社:新潮社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784105069926
発売⽇: 2018/04/26
サイズ: 20cm/149p

きげんのいいリス [著]トーン・テレヘン

 なにをしても上手くいかなくて意気消沈しているときや、やり場のない怒りでカリカリしているとき、寂しさ悲しさをもてあましているときは、小ぶりで手軽な重さ、愛らしい動物たちの挿絵が目を楽しませてくれる本書を手に取ってみるといい。
 落ちるのが好きなゾウはいろんな木から落っこちてたんこぶをつくってばかりいるし、カメはどうしたら自分がカメだと確信がもてるかと悩んでいるし、ライオンは自分に怯えていじけているし、アリはいつも旅に出ようとしている。リスは、そんなみんなを終始、温和な目で眺めている。
 生き物たちは常に思索している。でもそれは、私欲とか邪心とか他の生き物の粗探しではない。「落胆」とはなにか、「宇宙」とはなにか、「自分」とはなにか……なんてことを真剣に考えているのだ。もっともすぐ忘れてしまうけれど。
 本書は、大評判になった『ハリネズミの願い』の姉妹編。リスと仲良しのアリやゾウの他、イカ、クモ、カブトムシ、サイ、もちろんあのハリネズミなど雑多な生き物が、その大きさや強弱とは無関係に語り合い訪問し合って摩訶不思議な世界をつくりだしている。人間が登場しないこと、だれも死なないこと、過去や未来が存在しないこと――著者の英断が、生き物たちのユルくほほ笑ましい交流を、目には見えないけれど私のそばにもありそうな日常に昇華させてゆく。
 「ほんものって、いったいなんだろうね」とゾウ。
 「ぼくのこと、へんだと思う?」とタコ。
 「ぼくはときどき自分に疲れてしまうんだ」と頭でっかちのアリ。
 個性あふれる生き物たちのなにげない会話に耳をかたむけているうちに、悩みなんか吹き飛んでしまう。儚い命が愛おしくなる。
 そうなんだよ、生きてるだけでいいんだから……。本を閉じて町へ出た私は、道行く人に「コンニチハ」と声をかけたくなった。
    ◇
 Toon Tellegen 1941年、オランダ生まれ。作家。『ハリネズミの願い』は本屋大賞翻訳小説部門受賞。