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宝田明「銀幕に愛をこめて」書評 人生を思い切り遊ぶ一輪の雑草

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月30日
銀幕に愛をこめて ぼくはゴジラの同期生 著者:宝田 明 出版社:筑摩書房 ジャンル:エンタメ・テレビ・タレント

ISBN: 9784480815439
発売⽇: 2018/05/07
サイズ: 20cm/297,10p

銀幕に愛をこめて ぼくはゴジラの同期生 [著]宝田明

 宝田明は昭和9(1934)年、天皇誕生日の4月29日に旧朝鮮の清津で生まれた。小学生時代はハルビン。多くの民族と混じった生活で物怖じしない性格を形成。太平洋戦争勃発。宝田明の人生の原点はすでにこのころに確立。広島への原爆を機にソ連軍が侵入。恐怖の日々のある日、ソ連兵に脇腹を撃たれる。この描写は凄すぎる。
 話は日本に飛ぶ。引き揚げ者に対して本土の人間は冷淡。事実は小説より奇なりが立て続けに起こり、予想外の映画デビュー。3作目で「ゴジラ」の主役。
 「宝田明です。主役をやらせていただきます」の挨拶に、背後から「バカヤロー、主役はゴジラだ」と罵声! 修羅場をくぐった俳優は強い。「ゴジラ」を観た宝田の批評眼は、海外でレンブラントの絵の前で金縛りにあった時の感性と同化、その想像力の飛翔は山水画の様式にまで及び、作品のメッセージ性に哲学を読み取った宝田は思わず落涙。宝田の知性と感性の源泉は何処に?
 そんな宝田のナイーブな資質と人間性を見抜いた黒澤明は、黒澤組でもない彼を寵愛する。宝田が「奇才中の奇才、あるいは天才」と評価する川島雄三、さらに小津安二郎の先見性と高い芸術性に対する分析力は見事。そんな小津の魔術的手法を「オズの魔法使い」とあだ名をつけるが、ここにも宝田の批評眼が光る。
 千葉泰樹を器の大きい大人、コスモポリタンと評すが宝田も国際スター。成瀬巳喜男の「放浪記」では高峰秀子の底意地悪い言葉に悩み苦しみながら悟性に達し、評者も貰い泣き。
 宝田の前では「ケツの穴の小せぇ奴」は問題外。自分を評して「野に咲く一輪の雑草」と例える。天下の二枚目スターにもかかわらず私利私欲のない宝田は敷かれた運命路線に忠実に、映画人生を思い切り遊ぶ。
 近年、ミュージカル・舞台俳優としても大成功。「宝田明物語」の夢はまだまだ終わりそうもない。
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 たからだ・あきら 1954年に俳優デビュー。出演映画は約130本にのぼる。ミュージカルや舞台でも活躍。